マイノリティーの拳 世界チャンピオンの光と闇
ボクシングにおいて最もステイタスがあり、最もお金が稼げるのが重量級。ヘビー級、スーパーヘビー級は今も昔も黒人選手の独壇場が続く。だが、不屈のハングリー精神と血の滲む努力の結果、つかみ取った頂点の先に待っていたのは栄光ではなく、依然として貧困から抜け出すことができない過酷すぎる現実だった。本書は、5人の元チャンピオンの「チャンピオン前」「チャンピオン後」を10年に渡って追った執念のスポーツノンフィクションだ。 本書で紹介されている5人の「チャンピオン前」は壮絶だ。ゲットー(黒人居住区)やプエルトリコ出身で、貧しさに耐えながら、現状を打破するためにボクシングを始める。しかし、まさに拳ひとつで王者に上り詰めた「チャンピオン後」の現実はさらに哀しい。ニューヨークのゲットー出身で3度世界タイトルを獲得したアイラン・バークレーが「チャンピオン後」に帰った場所はゲットーしかなかったという事実は衝撃的だし、5人の子供を育てるために、40歳を超えてなお試合に出続けるティム・ウィザースプーンの姿は痛々しい。かつて「アイアン(鉄の男)」と呼ばれ、絶世の人気を誇ったマイク・タイソンも、晩年は輝かしいキャリアを台無しにする醜聞にまみれたことは記憶に新しい。 著者はこの背景について、悪徳プロモーターと称されるドン・キングの存在を挙げる。お金至上主義者の策略によって、元チャンピオンが膨大なファイトマネーを詐取され、本意ではないマッチメークをされながら自分を見失っていく。バークレーの「ボクシングをやって良かったことなんて一つもない。汚い野郎にいいように使われて、ボロボロの身体だけが残った。オレの人生は無茶苦茶だぜ」という言葉は、アメリカのボクシング界の病巣を的確に言い表している。個人的にはマイノリティーと貧困の因果関係にもう少し踏み込んでほしかったが、ボクシングというスポーツを通してアメリカ社会に根強く残る人種問題、社会的格差を考えるきっかけを与えてくれる。
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