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翔べ、バルセロナへ 野球を五輪競技にした男たち




 「自分の関わっている競技を五輪競技に」。すべてのスポーツ関係者にとって、この願いは共通している。しかし、五輪競技に昇格させるには世界規模での普及、興行の金銭的成功などが必要とされる。日本人にとっては、野球はその条件は軽々クリアしているように見えるが、世界的にみれば普及が進まない地域も多く、特に発展途上国にとっては、用具を揃えるところから始めなければいけないなど壁は高いという。本書は1人のニカラグア人を軸に、野球を五輪競技にしようという夢の実現に奔走した関係者の熱い思いを綴った感動ノンフィクションである。
 運動の中心にいたのは、ニカラグアの野球人、カルロス・J・ガルシア。1959年から野球を五輪の正式競技にしようと情熱を燃やし、一時は分裂した野球連盟を修復させ、中南米、欧米、アジアのチームの統一に力を注いだ。同時に、当時のニカラグア政権に反逆的な行動をしたとして逮捕され、4年半も牢獄に閉じこめられた悲劇の人でもある。著者は、米・フロリダに住むガルシア本人を訪ね、過去の武勇伝から話を始め、徐々にガルシアの〝地獄〟の部分に迫っていく。ニカラグア国家警察署の独房で全裸にされ、「一日中座ることも、横になることも、そして眠ることも許さない」拷問を受けたなど、想像を絶する描写が生々しい。しかし、ガルシアは獄中にいても、「野球を五輪競技に」という熱意だけは変わらなかった。80年には、妻を世界アマ野球連盟の会長選に代理出席させ、本人不在ながら会長に選出された。ロサンゼルス大会(84年)で公開競技となった野球は興行的に大成功を収め、ガルシアもロス五輪後に釈放。86年のIOC総会で、野球は満場一致で正式競技となることが認められた。
 それにしても、見返りも求めず、自らを危険にさらしながらも、なぜここまで情熱を注げたのか。ガルシアは「世界各地に野球を普及するにはオリンピックの正式競技になることが絶対に必要なんだ。オリンピック種目になれば公的なスポーツと認められ予算はつくし、施設も作ってもらえるし、底辺人口も増える」と答えている。ただ野球が好き、みんなに知ってもらいたい、という一野球人の純粋で熱い気持ちが伝わってくる。
 8月にベルリンで行われたIOC(国際オリンピック委員会)理事会。ロンドン五輪(2012年)の実施競技から外れた野球とソフトボールの復活が期待されたが、残念ながら実現しなかった。野球が五輪の正式競技となったのは1992年のバルセロナ五輪からで、08年の北京五輪までわずか5回で五輪競技から外れた。しかし、まだチャンスはある。本書を読んで再び期待が高まった。