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マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男




 日本人選手が数十億円単位でアメリカのメジャーリーグに移籍するニュースを聞く度に、メジャーリーグはなんてダイナミックなのかと驚いていた。しかし、本書を読んで、潤沢な資金があるのは一握りのチームで、多くのチームのオーナーは限られた予算で選手獲得やチーム強化に知恵を振り絞っている事実を知った。本書は、著者が抱いた「メジャー球団の中でも資金力が乏しいオークランド・アスレチックスがなぜこんなに強いのか?」という疑問を軸に、アスレチックスのゼネラルマネジャーを務めた最大の貢献者、ビリー・ビーンの哲学に迫っている。
 ビリー・ビーンの最大の功績は、それまでスカウトの勘に頼っていた選手獲得を、コンピューターによる科学的分析に頼り、ドラフト会議やトレードで実行した点にある。他チームから嘲笑を浴び、自分のチームの同僚からでさえ反対の声があがっても、コンピューターがはじき出した”事実”の方を頑なに信じた。その結果、他のチームが見向きもしないような選手を低予算で獲得し、数年後他のチームのフロントを心底悔しがらせることを可能にしたのだ。著者は、アスレチックス好調の理由の一つを「シーズン途中の巧みな戦力補強にある」と分析する。あと4日でキャリア10年に到達し、年金の資格が得られるはずだった37歳の救援投手を突然トレードのために解雇するエピソードは強烈だ。
 ハイライトは2002年9月4日、アメリカンリーグ新記録となる20連勝をかけた対カンザスシティ・ロイヤル戦。ビリー・ビーンが私情を一切はさまずに獲得した選手たちが自分の仕事をきちんとこなした結果、12対11のサヨナラで新記録を達成したシーンだ。「ものの数分後。監督室にふたたび現れたビリー・ビーンは、早くも平静に戻って、わたしに目でこう語りかけた。しょせん、ただの1勝さ」。著者のこの一文が、ビリー・ビーンの人となりを言い表している。