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ラストサムライ 片目のチャンピオン武田幸三




 アスリートがストイックであるのは当然だ。記録への挑戦や、勝利への執念のエピソードの類は、いつ読んでも常人とは違う何かを感じる。しかし、本書で知った武田幸三という男の生き方、格闘技との向き合い方は常軌を逸している、というのが第一印象だった。つまり、「ラストサムライ」というタイトルは決して誇張ではなく、戦場に出向く男の精神状態そのものを指している。そして、その男から決して目を背けることなく、丹念に追い続けた著者の渾身の一作だ。
 本書は、武田の半生と試合の模様が交互に描かれている。9歳で家族を守れる強い男になることを決心し、誰に言われることもなく毎朝ロードワークを始めた武田。高校から大学の途中まではラグビーに熱中していたが、大学三年生のときに何気なくチャンネルを合わせた格闘技「K-1」の試合に釘付けになり、一瞬で格闘技の世界で生きることを決意する。親の反対も振り切って治政館の門をたたき、まさに「命がけの練習」の日々が始まる。著者が見た武田は、練習でも酸欠で失神してしまうほど自分を追いつめる。なぜそこまでやるのか、という著者の問いに「お金を払って観にきてくださっているお客さんに失礼ですし、つまらない試合をしたと思われるのが、僕はいちばん恐い」と答える。自分ではなく、他人を一番に思う武田の魅力に引き付けられる。
 実際、本書を読み進めるごとに、武田の優しさや周囲への気遣いがにじみ出てくる。本書では、武田は自分の試合のチケットを自らの手で毎回1000枚近く売るが、毎試合後、必ず全員にメールか礼状を送り続けているという知られざるエピソードを明かしている。また、著者に初めてインタビューを受けたときに「何でもします」と約束した武田は、実際に次の取材で、「左目が見えていない」といきなり衝撃の告白をしている。選手生命を絶たれるかもしれないほど重要な事実を潔く話す武田に別の意味での「サムライスピリット」を感じる。実際、七年間も片目で闘ってきた武田が手術を決意したのも、「いちばん大切な人たちを悲しませてしまっている」からだった。
 武田は今年10月、現役を引退した。「サムライ」の鎧は脱いだが、武田の魂も武田自身も決して変わることはないだろう、本書で武田の優しさを知った今は、そう思える。