イチオシ!スポーツ Book Review一覧

一歩を越える勇気




 7大陸最高峰の内、6つを単独、無酸素登頂を成功させた若き登山家、栗城史多が自身の体験を元に記した本書は、普段、私達が知ることのない山の世界を伝え、山を通じて学んだことを伝えるメッセージ性のあるものとなっている。
 著者は上記の他、登山中の自身の動画を配信するなど型破りな登山家である。そのために重い通信器具を背負いながらの登山となり、より一層困難さは増す。そんな筆者の行動には、冒険を共有したい、という想いがあった。一歩踏み出すのに深呼吸を10回以上もしなければならないほど息苦しく、だだ呼吸をするのでさえ意識して行わなければならない世界。また一度クレバスに落ちたら助かる見込みはない。そんな過酷な山間部にて死と隣り合わせの世界だからこそ、生を身近に感じると筆者は言う。
 どうして山に、しかも特に過酷な単独登頂をするのか。そのきっかけは何であったのか。さらに登頂時の厳しい環境を本書で分かりやすく私達に伝えてくれている。そんな筆者の行動理念には三人の人物が大きく影響している。両親と大学の山岳部の先輩だ。夢を叶えた父と高校時代に亡くなった母は筆者の行動的基盤になっている。町のために温泉を掘り当てた父の姿に、筆者は夢を持つことの大切さを学んだ。癌により全身に痛みが走る中、決して弱音を吐かなかった母が残した言葉、『最後に「ありがとう」と言える人生を過ごすこと』は、筆者の信念になっている。また憧れの人物である山岳部の先輩を越えたいという気持ちが、自然と向き合い筆者が大きく成長するマッキンリーの単独登頂のきっかけになった。
 また通常、登山するためには多額の資金が必要となる。その資金集めの方法も少し変わっている。多くの登山家はスポンサーへの営業を行わないが、筆者は自身でスポンサーに喜んでもらえるような企画作りをし、企業やメディアに売り込み営業をする。例えそれがうまくいかなくても、人から人へと紹介を繰り返す「わらしべ長者」ならぬ「わらしべ登山家」という方法も本書で披露し、人の繋がりが如何に重要か教えてくれている。
 本書を通して、大自然の厳しさはもちろん、自ら考え行動する大切さが伝わってくる。無意識のうちに上司や先輩といった他の誰かからの指示を待ち、何か言われるまで動こうとしない、なんてことはないだろうか。もちろん、やりたいことだけやるのが大切なのではない。大切な事は何をしたいのか、そのためには何が必要なのか考え、情熱を持ちながらも冷静に行動する事だ。もし日々の生活に退屈を感じるのなら、待っているのではなく自ら一歩を踏み出してみてはいかがだろうか。本書を通して、決して驕ったものではない著者の率直な気持ちが伝わってきた。