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ファイブ




 第2クォーターが終わり、10分のハーフタイムが始まった。吹き出る汗を拭いていると、監督に呼ばれた。「ドリブルもまともにつけんのか? ミスばかりして、そんなレベルじゃ使い物にならんぞ。今後、お前を使うつもりはないからな。」その後、試合に出場することはなく、バスケ部での存在価値は薄まり、私は居場所を失った。しかし、これは5年前の私自身のスキルの問題であった。
 世の中には、自分の力ではどうすることもできず、リストラされる者がいる。
 バブル崩壊後の不況の波に飲まれ、JBLでは、8年間で14もの企業チームが廃部となり、多くの有能なバスケットボールプレーヤーが引退へと追いやられた。ミスターバスケットボール・佐古賢一でさえも、その余波を受け、プレーする場を失いかけた。高齢なために移籍先が決まらず、生活の一部であるバスケットボールをする環境が無くなり「もう、コートに立つことはないかもしれない」と、佐古は苦しんでいた。しかし、幸運にもアイシン・シーホースで監督をしていた鈴木貴美一のオファーにより、プレーを続ける場所を手にすることとなる。
 バスケットボール界でアイシンという固有名詞を聞いたら、強いバスケットボールチームを思い浮かべるだろう。アイシンは、2009‐2010シーズンは、日本一を逃したが、常にトップを狙える日本バスケットボール界を引っ張っているチームだ。しかし、それは最近のアイシンの姿である。
 当時のアイシンは、優勝経験がなく、佐古と同じ様に所属チームからリストラされて引退の危機にありながら拾われた、個性豊かな4人のベテラン選手がいた。「リストラ軍団」と呼ばれた生まれ変わりつつあるアイシンに、最後の1ピースとして佐古が加わった。前年度まで、いすゞ自動車を率いてアイシンを苦しめた佐古は、刈谷のアイシンファンに温かく迎え入れられた。
 佐古は、アイシンで多くを得た。監督の信頼、同世代の仲間、温かい場所。佐古はバスケットボールプレーヤーとしてだけでなく、人間として変わっていく。
 ファイブを読み進めると、先を思い描けず、その一瞬を必死にプレーする5人のベテラン選手のあきらめない気持ち、JBLファイナルという舞台の、リストラ軍団の挑戦を、まるで間近で観ているような感覚になる。