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風が強く吹いている



 どうしても正月はだらだらと過ごしてしまう。元旦からの数日は、布団から出ても、炬燵に入って横になり、テレビ画面を眺める日々が続いてしまう人が多いのではないだろうか。だが、箱根駅伝だけは違う。沿道の人々の声援、アナウンサーの声は、だらけた脳のスイッチを入れ、思わず体を起こし見入ってしまう。ゆるやかに流れる正月の空気を、学生ランナーの繋ぐ襷のドラマが一変させる。この小説は、そんな箱根駅伝を目指す学生たちの物語だ。
 箱根への道は険しい。シード権を持たない大学は予選会を突破しなければならないし、予選会への出場にも、この時代には、エントリー者全員が五千メートルを十七分以内もしくは一万メートルを三十五分以内の公式記録の資格が必要だ。もちろん、物語に登場する『寛政大学』はシード権を持たない。まして、選手はボロアパートに住む10人の大学生で、満足に走れる者は2人しかいない。そんな彼らがたった1年で箱根駅伝を目指すのだから、陸上経験者から見ればありえない設定かもしれない。
 しかし、個性豊かなキャラクターそれぞれの特性、様々な努力、一つの目標に向かうエネルギーを感じると、そんな無謀な挑戦も可能性があると思えてしまう。先天的な筋肉の質の違いによって結果が左右される短距離とは異なり、日々の努力が実力に繋がる長距離という種目が、読み手にそう感じさせるのかもしれない。「天分と努力の天秤が、努力の方に傾いている種目」だからこそのおもしろみだ。
 自分自身を取り巻く環境、チームメートへの想い、襷を繋ぐことの意味。1区から10区まで襷を繋ぐそれぞれの選手の心理が巧みに描かれている。想像でしかなかった選手の内面をのぞき見ると、あたかも自分も走っているような感覚を起こすから不思議だ。実際の箱根駅伝をテレビで見ているよりもリアルで、臨場感に溢れている。正月の箱根駅伝は、身を乗り出して見入ったが、今度は思わず駆け出したくなった。