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舟を編む


 ネットワークが網羅された現代では辞書でさえもデータ化されている。家の椅子に腰を掛けると、いつも視野の端に入ってくる紙の辞書はもう埃を被っているかもしれない。しかし、あなたはその辞書について考えたことがあるだろうか。

 辞書によってさまざまであるが、「広辞苑」や「大辞林」などの中型国語辞典には約23万語の見出し語が収容されている。そして1冊の編纂には15年ほどかかるともいう。どの言葉を載せるか、どんな用例を使うか、誤字脱字はないか。ひとつひとつの作業が人の手によって行われるとしたら、それほどの膨大な時間がかかることも想像できる。しかし、辞書を手に取った時のずっしりとした重さに、その時間を感じ取ることは無いに等しいだろう。
 「辞書は言葉の海を渡る舟、編集者はその海を渡る舟を編んでいく」という意味で作られていく「大渡海」。営業部では変人扱いされていた馬締光也を中心に、個性的な辞書編纂メンバー達が一つの目標に向いまとまって行く。問題が目の前にたくさん現れても、一生懸命に発行へと進んで行く。
 地味に思える辞書作りだが、それをスポーツの団体種目と錯覚してしまう。一体感をいつの間にか感じているからだ。これは筆者の日本語への愛情があるからこそ、読者に伝わる感覚なのかもしれない。

 誰もが一度は使ったことがある辞書。何の気なしに使っていた辞書。その辞書には作った人たちのただならぬ熱い思いが、あの薄い紙1枚1枚に詰まっている。

 自然と手は被った埃を叩いている。辞書への考えが一新される一冊だ。