『コーチ陣によるピッチへの介入についての考察』
スペインのバスケット、ハンドボール、フットサルの練習を見ると、その緊迫した音量と圧迫感にはいつも驚かされる。選手にも常に緊張が走り、かなり高い強度のトレーニングが行なわれるのも印象に残る。またスペインでは多くの試合において、監督が放つ存在感は特別なものだ。室内コートの圧迫感、そして緊迫感は、室内ボールスポーツを観戦する醍醐味の一つだ。
サッカー、ラグビー、野球のように広い野外コートで行なわれるスポーツの場合、指導者の声や指示は全体に届きにくい。そのような野外スポーツでは、試合中に監督が積極的に介入する姿はあまり見られない。一方で、体育館などの室内コートで行なわれるボールスポーツでは、練習、試合においてコーチ陣のピッチ介入が大きな役割を果たしている。例えば狭いスペースの室内ボールスポーツでは、指導者による選手やベンチとの協力により、試合のプロセスに大きな差を生み出すことができる。また監督や選手の声が会場に響きわたり、審判、観客、選手、指導者の一体感もぐっと増す。
ハンドボール、バスケット、バレー、フットサルといった室内ボールスポーツ競技は、一般的には体育館サイズのコートで練習や試合が行なわれる。そのため練習の時間から、指導者と選手のコミュニケーションが強く助長される傾向にある。同時に指導者のプレーに対する介入や指示も可能となり、非常に細かくアウトプットすることが可能だ。今回のコラムでは、海外の指導者が室内ボール競技において大切にする『指導者のピッチ介入における哲学の基本』について考察したい。
まずは室内ボールスポーツにおける指導者、選手、審判との距離関係について整理したい。スペースが限られている室内競技では、選手や監督達のコミュニケーションにどのような相乗効果が期待できるだろうか。
以上のように、指導者が室内ボールスポーツの試合に介入する頻度や重要性は実に高い。それぞれの試合局面では、指導者はどのような形で試合に介入することが可能だろうか。今回のコラムでは試合を『①試合前、②試合中、③選手交代イン、④選手交代アウト、⑤試合後』という5つの局面に区切り、指導者の試合介入について整理したい。
1.試合前に指導者が考えること
大切な試合が始まる前に、指導者はチームのためにどのような情報を処理しておくのか。ゲームにおけるチームとの連携事項に限定しながら、指導者が考えておく要素を列挙してみる。
①試合におけるチームの戦略的目標を確認しておく。
②試合における戦術的目標(守備・攻撃)を再確認する。
③試合で起こりえる戦略的可能性を想定しておく。
④試合で想定される戦術的状況(守備・攻撃)に備える。
⑤予想される戦術局面をできるだけビジュアル化しておく。
⑥可能となる戦術または戦略的バリエーションを準備しておく。
2.試合が始まってからの指導者の振る舞い
サッカーなど大きなビッピで行なわれるスポーツとは異なり、室内ボール競技では、『試合が始まればあと選手達にまかせた・・・選手が主役だから・・・』という訳にはいかない。近距離から生じる圧迫感から、試合が始まってからも指導者が試合介入するべき局面は数多い。それでは試合中のピッチサイドで、指導者にはどのような振る舞いが求められるか考えよう。
①何よりも試合展開に動揺せずに、落ち着いて次の展開を予測する。
②感情的にならずに、戦術的な視点から試合を冷静に分析する。
③ストレスが発生しても、まずは選手を勇気付けるように心掛ける。
④怒りを表現しすぎないよう注意する。大げさなジェスチャーは控える。
⑤あまり戦術的な指示ばかりを連続しないように注意する。
⑥冷静に戦術分析を行ない、フィードバックをベンチにも伝達する。
⑦ポジティブな決断、実行、意図に対しては、常に前向きに評価する。
⑧大切な発見や注意事項については、メモを取る習慣を付けること。
⑨コメントは思いつきで口に出さず、じっくりと分析、思考、決断する。
3.選手交代のタイミングにおける指導者の役割
またベンチ、ピッチ、監督との距離がとても近いのも室内競技の大きな特徴だ。選手交代のタイミング(前後)では、指導者がとても積極的に選手や交代選手に関与することが可能となる。それでは監督は交代選手をピッチに送り出す場合、どのような項目を分析して、伝達するのだろう。
①局面ごとの選手交代の意味を、しっかりと分析、整理、説明する。
②交代してプレーした選手が、役割を果たしているかを分析する。
③交代でピッチに入る選手の疑問や不安は、しっかりと答える努力をする。
④交代でピッチに入る選手に対して、今のゲーム状況や問題点などを伝える。
⑤ピッチに入る選手に対して、技術、戦術的な指示を出したり、修正を伝える。
そして室内ボール競技では、頻繁に選手交代が行なわれるのも特徴だ。選手は交代した後も、しばしば再び試合に戻ることがある。そのため選手交代でピッチから出てくる選手とのコンタクトについても、指導者達はしっかりと考える必要がある。冷静に選手の成長を助けるために、どのようなアドバイスを行なうことが望ましいだろうか。
①プレーの中で問題となった箇所、ポイントとなった箇所を再度伝える。
②選手の態度や、プレーの決断、実行、分析、意図に同調する姿勢を保つ。
③何よりも選手を励ます、勇気付ける、そしてポジティブに振舞う。
最後に試合終了後、指導者はどのように選手と接するべきかについても考えてみたい。これは大きな個人差が見られるトピックでもある。指導者によっては、試合後すぐにフィードバックを出して討論を起こす指導者もいる。また試合後はすぐに解散して、翌日の練習日までは固く口を閉ざす監督も多くいる。どのような態度で試合後にチームと接することが好ましいのか・・・寛容的な指導者のケースを参考にしながら考えてみる。
①まずは試合を闘った各選手をねぎらう、祝福する態度をとる。
②試合の内容などを、軽率に口には出さずに、先に熟考・分析する。
③ノーコメントという間接的メッセージの選択肢も抱えておく。
④試合後にも、可能であれば内容や問題点のメモを取る努力をする。
⑤ポジティブな結果、そしてネガティブな改善点などを記録する。
⑥フィードバックを行なうタイミングや時間を取り決める。
なお指導者の役割に関する細かい分析については、同コラム56、57号の『指導者の役割についての考察』を参考にして頂きたい。特にコラム57号の『試合を取り巻く指導者の役割』という項目では、指導者の試合へのアプローチについて詳しく解説している。ぜひとも情報補足に利用していただきたい。今回のコラムの結論として、室内スポーツでは指導者、選手、審判、観衆などが相互影響しやすい環境にあることを強調したい。そのため、指導者や選手はその特権を十分に活用することを心がけたい。