次世代に伝えるスポーツ物語一覧

2011-8-19

レスリング・吉田沙保里

2011年8月19日

 2010年の年の瀬。次の年の決意を示す1文字に選んだのは「進」だった。レスリング女子55キロ級で五輪2連覇、世界選手権では8連覇を果たしている吉田沙保里は、さらに前に「進む」という決意を改めて示した。「闘争本能が人よりも上回っている。記録を作ることは、自分の強さになっていく」と自らを評す吉田に、勝ち慣れる、動機を失う―といった内面の”衰え”は見えない。

 振り返れば、2008年北京五輪で、2連覇を飾った直後に「ロンドンで3連覇を目指したい」と訴えた。一つの目標にたどり着き、ひと息入れることもなく、次の目標を口にした。そんな「たゆまぬ心」が吉田の真骨頂だ。

 実際、しばらく競技を離れ、気持ちを一新させてから再度、五輪を目指す選手も多い。競泳男子平泳ぎの北島康介もその一人。北島らのように張り詰めた気持ちを一度、リフレッシュさせ、自分を見つめ直す時間を作ることは必要だし、大切だろう。だが、吉田は違った。もっとも自らの支えとなっている目標の「人」はいる。五輪と世界選手権で12大会連続優勝を達成し、「人類最強」と呼ばれた男子グレコローマンスタイルのアレクサンドル・カレリン(ロシア)。9月の世界選手権(トルコ=2011年)で9連覇を達成すると、ついに来夏のロンドン五輪で、そのカレリンの偉業に挑むことになる。
 「女子で五輪を3連覇した日本選手はいない。誰もやっていない記録をつくりたいじゃないですか…」

 3人兄弟の末っ子として三重県津市で生まれた。父も元全日本王者。その父が開いていたレスリング道場で3歳から競技を始めた。女子選手として、柔道女子48キロ級の谷亮子にあこがれてきたという。谷は1993年から出場した世界選手権は7大会すべてで優勝し、五輪は2度制覇した。その谷を記録の上ではすでに超えている。残るはカレリンのみ…。
 昨年の世界選手権では、カレリンに「常に成長しようとする姿勢が素晴らしい。勝ち続けるのに一番必要なことだ」と言わしめた。日本オリンピック委員会(JOC)のエリートアカデミーで鍛錬する若い芽も出てきているが、「まだまだ若い子には負けられません」と吉田。最大の敵は自分自身か、もちろんそれが分かっているだけに、「落とし穴はいつ来るか分からない」と気持ちを引き締め、9連覇のかかる世界選手権に向けて「金メダルを取って、早めに五輪出場を決めたい」。10月に29歳になる女王は、”カレリン超え”を目指し、ロンドン五輪まで「進」の1文字を胸に、一気に駆け抜けるつもりだ。=敬称略(昌)