競泳・北島康介
2012年10月5日
日本中の期待を一身に背負いながら、あっさりと結果を出した。2008年北京五輪。北島康介は男子平泳ぎで日本競泳界初となる2大会連続2冠を達成し、新たな高みに上った。その輝きは他の追随を許すことはなかった。
04年アテネ五輪の男子平泳ぎ2種目で金メダルを獲得。五輪王者として北京を迎えた北島だったが、「追われる立場」のプレッシャーをものともせずに男子100m平泳ぎを58秒91の世界新記録で制した。そして迎えた200m決勝。もはやライバルはいなかった。水の抵抗を極限まで減らし、ぐいぐいと伸びる大きな泳ぎで他の選手を引き離す。終わってみれば、五輪新記録の2分7秒64で2位に1秒以上の差をつけての圧勝。「自分一人でここまでは来られなかった。この喜びを皆さんと分かち合いたい」。勝利の余韻をかみしめた。
「ぼくは水泳をならっている。速くなろうとしている。そして、大きな夢ももっている。それは速くなって、国際大会でメダルを取り、日本の代表選手に選ばれて、オリンピックに出ることだ」。小学校の卒業文集にそう記した北島は、五輪とともに飛躍を続けてきた。17歳で2000年シドニー五輪に初出場し、100m平泳ぎで4位に。五輪出場という夢を実現させたが、満足することはなく、「どんな大会よりも特別」と五輪への思いをそれまで以上に強くした。
さらなるレベルアップを目指し、「チーム北島」と呼ばれる動作解析や肉体改造の専門家らのサポートを得ながら、練習に取り組む日々。そして02年の釜山アジア大会の200m平泳ぎで、日本選手として30年ぶりとなる五輪種目での世界記録更新を成し遂げるなど、着実に進化を続け、アテネ、そして北京の結果につなげた。
北京五輪後、プールから距離を置いた時期もあったが、09年6月ごろから拠点を米国に移して練習を再開し、12年ロンドン五輪にも出場。個人種目でのメダル獲得はならなかったが、400mメドレーリレーで存在感を示す。チームメートが「康介さんを手ぶらで帰すわけにはいかない」と発奮して2位に入り、この種目で3大会連続のメダルを獲得した。
北島にあこがれ、そして目標にしてきた子供たちも育ってきている。今年9月に200m平泳ぎで2分7秒01の世界新記録をマークした高校生、山口観弘は小学生だったころ、北島のポスターに「おまえをぬかす」と書き込んだという。北島が日本水泳界に与えた影響は計り知れない。敬称略=(謙)