次世代に伝えるスポーツ物語一覧

2011-11-15

競泳・岩崎恭子

2011年11月15日

 五輪出場を目標としていた訳ではなかった。ただ泳ぐことが大好きだった。だから、五輪特有のプレッシャーとも無縁だった。14歳。だからこそ、泳ぐことに”純粋”でいられたのかもしれない。大舞台にも恐れず、岩崎恭子は「もっと速く泳ぎたい」という思いをストレートにぶつけた。その結果が、日本選手として五輪史上最年少で獲得した金メダルとなった。1992年バルセロナ五輪競泳女子200メートル平泳ぎでのことだった。

 一週間前に14歳になったばかりの少女は、自己ベストを一気に3秒30も縮める2分27秒78の日本新記録で決勝に進んだ。周囲が驚くほどの好記録だったが、決勝ではさらに飛躍、会心の泳ぎを見せた。前半は力を蓄え、ゴール前で切れのいいピッチ泳法が炸裂した。歓声がこだまする中、大本命の世界記録保持者、アニタ・ノール(米国)を一気に抜き去った。2分26秒65。自己記録をまたも1秒13も短縮して快挙につなげた。

「いままで生きてきた中で一番幸せです」。この有名なコメントとともに、静岡県沼津市出身で、沼津市立第五中学に通う2年生が、一夜にして日本スポーツ界のシンデレラとなった。女子200メートル平泳ぎでの金メダルは、1936年ベルリン五輪の前畑秀子以来、56年ぶりの快挙だった。「水をかけば、かいただけ前に進むし、不思議だった。あとになって、あのときのようにもう一度泳ぎたいと思ったけど、だめでした」と岩崎。まさに一世一代の泳ぎだった。

 だが、この快挙は大きな重荷となっていく。一挙手一投足が注目され、何気ない発言がメディアに載る。「何でこんなに騒がれてしまうのだろう」。純粋に泳いでいたころとは対照的な状況に、周りを気にするようになり、記録も停滞していった。気づくと以前ほど「水泳が好きではなくなっていた」という。金メダル獲得から2年後には代表からも外れた。
それでももう一度、「あの頃のように泳ぎたい」と自らを見つめ直し、地道に努力した結果、代表に復帰。1996年のアトランタ五輪に出場を果たす。結果は200メートル平泳ぎで10位、100メートル平泳ぎは予選落ち。その後、20歳で第一線を退いた。ついに14歳で臨んだバルセロナ五輪の自らの記録を更新することはできなかった。五輪に見いだされ、五輪に翻弄された10代。一瞬の輝きの後に訪れた”闇”は濃かっただろう。それでも、金メダル獲得後に立ちはだかった”壁”を乗り越え、自らの力で再び五輪の舞台に立った。表彰台には遠く届かなかったけれど、精神的には大きく成長していたに違いない。=敬称略(昌)