信頼関係の構築に必要となるコンセプト
スポーツ環境における人間関係では、選手と指導者の共通理解や相互機能を円滑に果たすことが大切だ。各競技における技術・戦術のエキスパート指導者であっても、人間関係によって失敗することも十分にある。ある特定の競争カテゴリーなどでは、人間関係によって指導者の成否が別れるとしても過言ではない。今回のコラムでは、信頼関係の構築に必要となるコンセプトについて考えてみたい。
必要以上に選手の批判をしない。選手の悪口や個人的なネガティブな感情を表現しない。チームの野心やモチベーションを落とさないために、悪口や批判には細心の注意を払う。味方が失敗しても、自尊心を傷つけない。できるだけポジティブに選手をサポートする。サンドイッチ原理などを用いることも有効だ。悪口や批判をするのではなく、自分たちの選手のモチベーションを向上させながら、問題解決が可能となるトレーニングを用意する。変化はトレーニングで引き起こす。
「変化できないものは、無理に壊さない」意見の衝突があれば、相手の考えを尊重して、なぜ相手がそう考えるかを理解する。まずはその選手の気持ちになって、思いやりをもって考える。相互理解ができれば、選手との関係は飛躍的に改善される。相手のアイデアに協調または理解を示し、まずはアイデアの衝突や無理な変化よりも、人間関係の改善を目指す。人間なら誰でも同調を喜ぶものだ。
話は選手たちを誉め称えることから始める。常にコミュニケーションを始める場合、最初にはポジティブな褒め言葉、またはリラックスを誘うような話題で切り開く。アイスブレークという言葉をご存知だろう。選手の意欲をかき立てること。何かをやらされているようでは、パフォーマンスの向上は期待できない。選手の意見や気持ちを尊重しながら、彼らが必要とするトレーニングの準備をする。自発性のないトレーニングは長続きしない。そのためにトレーニングの計画やミーティングに選手を可能な限り参加させることもポイントとなる。選手やスタッフにできるだけ話しをさせる。そうやって協力を促すこともポイントだ。話を積極的に求められれば、人間はより自発的に協力しようとする。同時に彼らの必要とするもの、弱点、自信などを共有するきっかけにもなる。
選手やスタッフに気遣いをすること。スポーツ環境だけではなく、社会生活でも同じ法則がある。人の気遣いをすれば、他人は概して協力的に接してくれる。スポーツも同じである。スタッフや選手の気遣いをすることで、より強固なチーム関係を作ることが可能となる。毎日のトレーニングの中で、ほんの些細なことでも選手やスタッフを気遣うことで、グループ意識は飛躍的に向上する。結果的にはリーダーとしての存在価値も高まるだろう。選手やスタッフが興味を持つことを話す。相手が好きな話題や得意な話題を話したりすることで、会話は飛躍的にはずむものだ。また相手の得意分野を話に出すことで、相手に与える幸福感も強いものとなる。選手の自尊心を助長するように工夫する。本人の話をしてみれば、選手は飽きることなく指導者の話を聞くだろう。そして選手のポテンシャルを引き出すためにも、このような自尊心の助長は大切だ。
大義を掲けながら、全員のチームという意識を植え付ける。グループ内での問題や、ゲーム中に困難な問題が発生した場合、まずは根本的な解決策として大義に訴える。個人的な問題や意見を超越して、より献身的な理解を訴えるためだ。例えば選手に「君はこの地域を代表して戦うだけの精神を持っている。最後までこの地域の人々のために戦い抜くと信じている」などと伝える。不可抗力の強い理由を押し出すことで、個人的な紛糾に突入せずにチームパフォーマンスが上昇するだろう。チームが全員のものと意識させることがポイントだ。
またリーダーシップのとれる選手に、アイデアの共有や表現を許可することもできる。例えばチームのキャプテンが指導者と同じアイデアを共有できれば、ピッチ内でも指導者のアイデアを120%の力で体現するだろう。クラブや指導者側のアイデアを、押しつけではなく自発的な力で実行してくれることがポイントだ。そのためにも選手を教育(啓蒙)することが必要だ。チーム作りの最終目的の1つは、チームの目的のために全体を動かすことだ。誰がアイデアを指揮して命令するかは、チームが一丸となれば関係ない。指導者が常によきリーダーである限り、選手がチーム作りを加速させることはポジティブだろう。
多くの指導者はインテリジェントで戦術などにも長けているが、どうしてもチームが機能しなかったり、ここ一番で成功できない。彼らが成功をしない1つの理由として、表現力やモチベーションへの訴え方の欠落がある。単調に振る舞えば、チームも単調なものになってしまう。例えばドラマチックに振る舞うことを知る。グループの意識を統一して、同じ方向に向かって戦うことを理論上で述べるだけでは不十分だ。例えばドラマチックに感情論を含んだアイデアを、オープンに表現したりもできる。怒り、喜び、訴えでしか動かせないこともある。試合の当日、感動的な話を用意したり、地元の新聞紙などの見出しを見せて刺激を与えたり、工夫する。
モチベーションを高揚するための話、ビデオ、音楽、様々な用意をする。 チームが置かれた状況やタイミングによっては、普段のテンションや常識を逸脱したアイデアも必要となる。例えばそのような場合にも、物事をドラマチックに表現することは素晴らしいオプションでもある。また外部からの刺激により、モチベーションを上げる工夫もできる。選手などに彼らの外からの評判を話す。第三者がどのように評価しているのか、選手には大きな刺激となるだろう。多少その評価がオーバーであっても、選手はかならずその「評価」を改善または向上するために最大の努力をする。
モチベーションを刺激するために、選手たちにチャレンジを要求していく。選手個人レベルでもグループレベルでも、不得意な分野のトレーニングの要求やチャレンジを突きつける。挫折するかに映ることもあるが、乗り越えるとトレーニングパフォーマンスは総合的には大きく向上する。タイミングなどを考慮して、このように難しいミッションを突きつけることでも、意外とモチベーションや団結を向上させることもできる。
選手やスタッフとの関係構築において、初期段階におけるコミュニケーションの取り方に注意を払う。グループ構築の初期段階に指導者が示すコミニュケーション態度によって、選手たちのグループ構築への貢献態度は変化する。グループ構築の大切さについては、チーム全体として統一意識を持ち、指導者の率先のもと向上させる。
選手を名前で呼ぶ。全ての人間において、名前で呼ばれることは特別な響きを帯びる。名前を呼ぶことで、個人の注意を引くこともできれば、自尊心を守ることもできる。スポーツ環境でも、指導者が選手の名前を呼ぶことで、パフォーマンスや信頼関係は顕著に向上される。
伝達ではなく対話をする。命令ではなく、質問をする。何かを改善するためには、グループ全体が解決方法を見つけ出すまで見守ること。チーム問題はグループ全体のものであり、解決方法も同じ様にグループの中に存在する。選手たちが自発的に解決方法に向き合えるかを、強制的ではなく自発的に誘い出す。その対話の中で、グループがポジティブに「イエス」と回答できるような質問を用意しながら、肯定的な受け答えが中心となるグループを作る。「イエス」に限らずに、対話が肯定的なキャッチボールで成立することがポイントだ。人間関係の構築においても、すぐに「ノー」から始まるような対話関係は、チーム作りにも好ましくない。
チーム内では可能な限り、言い合いや論争を避ける。選手たちは意見交換を通り過ぎて、論争になる傾向がある。論争になれば、人は自分の意見を押し通すことで必死になってしまう。そうなる前に相手の意見を理解しながら、歩み寄る方法を見つける。相手に歩み寄る姿勢を見せれば、人は概して論争をやめようとする。そのためにも相手の話を聞くこと。選手やスタッフに積極的に話させる。選手が怒りや不満を感じているならば、我慢強く聞いてあげる。指導者として人の意見ばかり聞いては仕事が進まない。しかし論争などを避けるためにも、周囲の話を聞くことを忘れてはならない。
そして相手をリスペクトして、絶対に間違っているとは言わない。間違っていると否定されれば、心が傷つくものだ。心の中でその間違いを理解できても、否定された人間はネガティブになってしまう。本人に間違っていると否定せずに、改善方法を与える。また可能な限り自分で気づかせるように、エラーの指摘方法を工夫して伝達する。
正直に選手を誉め称えたり、異なる考えも評価する。自分の考えを押し付けるだけではなく、相手の考えを尊重しながら褒める。人なら誰もが主人公であり重要人物と思いたい。 選手のストロングポイントなどを賞賛することが、パフォーマンスの最大限の向上に直結する。トレーニングにおける少しの進化でも誉め称える。何であれ改善されたり上達していることには、ポジティブにフィードバックする。ただ何でも褒めるのではない。より具体的にメッセージを伝達することで、信憑性や伝達率も向上する。単純に「君は最近調子がいいからチームも勝利している」と伝えるより、「ここ数試合での守備の意識や1対1守備の駆け引きによって勝利に貢献している」とより具体的に褒めると有効だ。勇気づける。エラーはいくらでも修正できると説得する。選手のエラー修正を促進し続けると、自然と改善もされるだろう。
指導者も一人の人間だ。もしも指導者がエラーを犯した場合、すぐに潔くそのエラーを認めること。エラーが発生した場合に自己正当化を行なったり、言い訳を行なわない。自分でエラーを認める方が、他人から指摘されたり、後ろ指をさされるよりは楽なのもの。エラーが起こればシンプルにそれを認める。そのような人間的な態度は、チーム構築にはポジティブなエレメントとなる。そのため他人のエラーを指摘する前に、自分自身のエラーを分析して認めるようにしたい。聞き手がリラックスしたり共感を持つためには、とても有効な方法となる。
そして人間として振る舞うということは、表現方法や表情の工夫も必要となる。誰も完璧ではないし、ロボットでもない。まずは素直に笑顔や喜びを表現する。時としてドラマチックな感情表現は、言葉による情報伝達よりもインパクトのあるものだ。固い真剣なマスクを剥がし、正直な笑顔などを見せると選手はリラックスしたりもする。人間らしい感情表現の力は、グループ形成には計り知れない。
チーム内でのコミニュケーションでは、相手の気分を高揚させることで「対話」をよりスムーズに行なう。チームパフォーマンスを向上させるためのコミュニケーションには、大義、社会性、人間性が必要である。リーダーは仲間を増やし、彼らに影響力を与える方法を模索する。それはスポーツマネージメントも社会生活でも全く同じことだろう。スポーツ環境は人間社会と同じく人間関係のもとに成立しているからだ。そのためスポーツ環境でも、人間と仕事する大前提を約束としたい。