ピッチレベルでのマネージメントについて
前回のコラムではグループマネージメントについて考えた。そこで今回は、一般的なグループマネージメントの枠を超えて、ゲーム中などに要求される『ピッチレベルでのマネージメント』について研究してみる。指導者によるピッチレベルでのマネージメント(ゲームへの介入)だが、まずはマネージメントの基準となる技術・戦術コンセプトを挙げてみよう。
①有利なゲームスペースを創造したり利用しているか
②ゲームテンポをコントロールできているか
③相手とのマッチアップを考え脅威を与えているか
④セットプレー導入などのタイミングを把握できているか
⑤相手ベンチを欺いたり、先読みができているか
以上のようなエレメントを指導者はコントロールしなければならない。その作業は無論トレーニングから積み上げられるものである。そしてピッチレベルでのマネージメントにおいて、指導者の影響力は果てしなく大きい。室内で行なわれるボールスポーツだが、ゲームの流れが非常に変わりやすいことも特徴だ。そのため一般的にスペインでは、指導者のピッチマネージメントへの介入が非常に重視される。積極的にゲームに関与することは指導者の義務であり、また特権とも考えられる。
ここで注意しなければならないのが、競技レベルと選手の成熟度である。指導者からのピッチレベルでのマネージメントだが、選手の戦術レベル、試合で直面する問題レベルに大きく左右されることを忘れてはならない。
同時に指導者によるピッチレベルでのマネージメント介入には賛否両論、2つの見解が存在する。①賛成の理由: 指導者のボールスポーツにおけるピッチレベルでの介入は極めて効果的という考え方がある。②批判の理由: 高いインテンシティーのゲーム中において、指導者の戦術的な介入が非効率的という考え方も存在する。そこで指導者のピッチマネージメントと、競技レベルの理解が必要不可欠となる。
①エリートレベル:高度のインテンシティーと複雑な戦術構成
②教育育成レベル:中度のインテンシティーとシンプルな戦術構成
選手達が置かれる環境を2つのブロック、①エリートレベル、②教育育成レベル、に区別して考える。エリートレベルの例としてプロの世界では、複雑な戦術構成ながらも、ゲームは非常に高いインテンシティーに達することが想定される。心拍数が限界に近づく強度の中で、選手は複雑な戦術ゲームを管理するタスクに直面する。
そのようなハイテンションの中で、選手の思考回路がパンクすることは十分考えられる。指導者の介入指示を理解できないことは、想定内の出来事である。限界に近いレベルの環境では、選手は思考回路を止めてしまい、感情表現すらもできなくなる場合もある。このようなレベルでは、選手が高い集中状態にあることを理解して、指導者はタイミング次第では静観することも勧めることができる。コーチングにおける複雑な指示などは、高い集中状態の選手には届かず、実行されることも期待できないからだ。
そのためエリートレベルの競争において、指導者は可能な限り試合前に選手やチームが必要とする全ての情報を与える。試合中の情報伝達が限定されてしまうためである。試合前のビデオミーティングなどを含め、試合直前という状況下で情報伝達の方法は大きく2つ考えられる。
①選手個人との直接対話
②集団でのミーティング
試合前に有効なアプローチは、やはり選手個人と対話をすることだ。試合前の選手ほどモチベーションに満ちた状態のことはない。試合前の選手達は、いろいろな話しを聞き入れる状態にある。指導者からのアドバイスなど好意的に受け入れるチャンスでもある。そのため指導者はこのタイミングを利用して、まずは個人に対するアプローチを行なう。更衣を終えた選手、リラックスして音楽を聞く選手、ストレッチ中の選手、不安げに試合を待つ選手、彼らに個人的かつ巧みにアプローチすることが求められる。
タイミングを計らって、集団に対するミーティングを行ない試合に備える。ここでは時間のマネージメントをしっかりと行ない、必要な時間を確保するように注意する。集団ミーティングでは、守備、攻撃、セットプレーの復習、メンタルアプローチなど試合の必要性に応じてその内容は変化する。ルーティーンは指導者によって異なるだろう。しかしその時間管理や調整などは、フィジカルコーチやアシスタントコーチと綿密に連携する。無駄なく全ての連結がスムーズに進むように、スタッフ全員とコーディネーションすることがポイントだ。
ゲームが始まると、トップレベルではある程度選手のプレーを見守ることも必要となる。拮抗したゲームでは、選手の心拍数は限界に近づき、テンションも興奮状態に近づくだろう。そのような状況下では、①タイムアウト、②ハーフタイム、③選手交代の休憩時、などでしか選手の戦術的行動に大きな影響は与えられない。そのためエリートレベルにおけるピッチマネージメントでは、ダイレクトで慣れ親しんだ指示を出すことがポイントとなる。例としては、記号化した合い言葉(DF1、DF2、DF3、ボックス、旋回など)を用いたり、コンセプト言語(ピック、ブロック、スルーなど)を用いる。
マネージメントにもネガティブなものも存在する。例えばセットプレーの指示や、守備の特定の動きなどを指定するなど、プレーに細かい指示をする指導者はよく存在する。このような細かい指導者によるマネージメント介入は、スペインのアマチュアレベルでも絶え間ない。しかし室内ボールスポーツでの指導者の指示や介入は、選手のパフォーマンスや集中を妨げる可能性も考えられる。特にエリートレベルでは、高い集中状態にある選手達に対しての過度の介入は一部には不適切、非効率、不必要とも考えられる
指導者によるプレーへの介入を、技術・戦術的ポイントから考えてみる。よく指導者は選手達のプレーに、自分たちの知識から最高の解決方法を選手に求めてしまう。『今のプレーは、右側から侵入して逆サイドへ展開しなさい』『右足でのシュートではなく、左足でコントロールまたはパスをするべきだろう』など、理想的な解決を選手に求めてしまう。しかしピッチ内での現実を考えてみると、選手と指導者の感覚が一致することは難しい。『①指導者の経験や知識』と『②選手のタクティカル・アクション』には、様々な要因から生まれる大きなギャップが存在する。
ピッチレベル以外のエレメント、メンタル・体力的な問題などにも目を向けてみよう。指導者は選手達がどれほどのストレスを抱え、試合に臨んでいるか理解できるだろうか。また選手の体力やそれに相応した技術・戦術レベルのスタンダードを把握できているのか。また選手の目の前にいる対戦相手の能力や状態を理解しているのか。いずれにしろ試合中の技術・戦術的な介入は、経験の浅い指導者にとってはデリケートな問題となる可能性がある。特定の場合を除いてエリートレベルでは、ピッチへの介入は必要最低限に抑えることが好ましい局面も存在する。
エリートレベルでは、指導者によるピッチレベルでの介入がデリケートという問題に触れた。それでは育成年代におけるゲームピッチへのマネージメント介入はどうだろう?
育成年代では、高い集中状態にある選手達に対しても、指導者からの指示や介入は有効だ。また多くの場合、指導者による介入は必要不可欠となる。例えば育成年代の選手に対して、プレーコンセプトや規律を守らせるために、絶え間ない指示を出すことは有意義なアプローチと考えられる。そのためコンスタントに指示を出す指導者は、ジュニア年代では非常に重宝される。指導者だけでなく、審判団にも同じ事が言える。
例えばスペインでは育成カテゴリーの審判が、ルールを説明しながら青少年達にゲーム理解やフェアプレー精神を浸透させる習慣がある。当然ながら競争レベルでは、プレー中の選手に丁寧にルールを説明することはない。そのように育成カテゴリーへの指導者、審判などによる選手へのアプローチの区別が必要だ。
ここでポイントとなるのが、指導者は試合だけでなく、日常のトレーニングから常に細かい指示や要求をすることである。トレーニングでの習慣がなくして、試合でのパフォーマンスやシンクロの向上は望めない。日常のトレーニングにおける背景は、試合中のシンクロアプローチ同様に重要となる。
若い選手や経験の少ない選手で構成されるチームでは、よく集中の乱れが生じる。例えば攻撃での連動を怠ったり、または守備のポジションが高すぎる、チームの約束事を忘れてしまうなどだ。指導者による介入は、このような集中の乱れに対しても非常に有効となる。選手にメッセージが届くように、しっかりと個別またはグループへとメッセージを伝達することがポイントだ。
また経験のある指導者ならば、選手により効率的にメッセージを伝える術を知っている。選手の体力、精神状態、技術、戦術レベルを考慮して、適切なアプローチをとるのも指導者の力量である。経験の少ない指導者などは、戦術的情報を多く持っていても、それぞれの状況や選手に合わせて適切なアプローチを選択できない傾向にある。
指導者の積極的なアプローチが必要となるのは、育成年代の選手だけではない。ボールスポーツにおいては、主役とはならないサブの選手もたくさんいる。例えば、交代要員、セットプレーのおとりとなる選手、サーバーやパスの供給役、守備の調整役となる選手がその例だ。指導者は選手よりも多くの情報を確保できる。指導者はプレー中の選手より多くの情報を取得できる。指導者は交代要員やサブメンバーに積極的にアプローチ(マネージメント)して、選手達と情報を共有する義務がある。それはゲームに参加していないサブの選手にとっては、しっかりと試合に入る準備の手助けにもなる。指導者からの適切なアプローチは、やはり様々な角度から大切だ。選手達が常に試合へ介入できるように、集中と準備を怠らないためのピッチマネージメントも覚えておきたい。