日本トップリーグ連携機構 トップアスリート活動基盤整備事業 活動報告レポート<第10回>



「1選手1企業」

1.はじめに
 多くのクラブチームでは、所属選手がスポンサー企業において勤務されていることと思います。このような場合の留意点について、簡単にまとめてみます。

2.選手と企業間の雇用契約における注意点

(1)労働契約上の問題点
 企業の従業員である選手の雇用条件は、原則として各企業が各自制定する就業規則の内容に縛られることとなります。就業規則においては、労働時間(始業・就業時刻、休憩、休日、休暇、交替制労働における就業時転換に関する事項)、賃金(賃金の決定・計算、支払方法、締切・支払時期に関する事項)、退職に関する事項(任意退職のほか解雇、定年等の労働契約の終了事由一般に関する事項。)などが定められます。就業規則の内容が合理的条件を定めており、かつ、労働条件が労働者に周知されている場合には企業と従業員間の労働契約の内容は当該就業規則の内容によることになります(労働契約法7条)。
 なお、選手を雇用している企業においては、就業規則とは別に試合や練習等の際における早退や休暇等の特例を認めている場合が多く、このような特例は、通常、選手又はチームと各企業間の口約束によって認められています。こういった特例も、企業と従業員間の労働契約の内容として法律上有効なものではありますが、後々に問題が発生することを防止するためにも、可能であれば、そのような特例を覚書等の書面として明確にしておくことが好ましいでしょう。
 給料については、最低賃金法が都道府県毎の最低賃金を定めており、その基準に適合する必要があり、さらに通貨払、直接払、全額払の原則が労働基準法によって定められています(労働基準法24条1項。ただし、通貨払については労働者の同意を条件として賃金の口座振込みが認められ、全額払についても一定の条件で控除が認められています。)。給料は毎月1回以上を定期に支払わなければならないという定期払の原則(労働基準法24条2項)も従業員である選手にとっては重要です。
 また、昨今では従業員解雇の話題がテレビや新聞紙上を賑わせていますが、企業による従業員の解雇については、法律上「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労働契約法16条)として厳格な規制がしかれており、法律上要求される条件を満たさないにも関わらず、企業によって従業員の解雇がなされた場合には、解雇権濫用(労働契約法16条)として当該解雇は法律上そもそも無効と判断されることになります。
 さらに、企業が選手を解雇する場合には、少なくとも30日前にその予告を行うか又は予告しない場合には30日分の平均賃金(解雇予告手当)を支払う必要があります(労働基準法20条)。
 このように、労働法上、労働者の地位が厚く守られているということを知っておくことは選手自身にとってもチームにとっても有益でしょう。
(2)肖像・パブリシティの活用
 また、チームに所属する選手が試合等で活躍して選手が地元の有名人になってくると、企業の中には、自社に所属する選手の肖像等を利用して自社製品等の宣伝を行いたいと考えるところもあるでしょう。
 この場合、選手の肖像権やパブリシティの権利を当該企業が自社の宣伝目的で使用することが許されるかが問題となりますが、まず、自己の肖像を管理する権利としての肖像権や自己の氏名や肖像を広告宣伝に利用することによって対価を得る権利としてのパブリシティの権利は本来的に選手個人が有するので、選手が所属する企業といえども選手の肖像等を勝手に利用して広告宣伝に使用することが自動的に許されるわけではないことを注意して下さい。
 したがって、企業が選手の肖像等を利用して自社製品の宣伝等を行うためには、原則として当該選手自身がそれを許可することが必要です。
 さらに、これに加え、選手の肖像権やパブリシティの権利の活用について、所属団体や所属チーム等により一定の規制がなされている場合があります。このような場合には、単に選手自身の承諾を得たのみで選手の肖像等を広告宣伝に利用すると、当該選手自身が所属団体や所属チームの規則違反や契約違反に問われることになるので注意する必要があります。例えば、プロ野球を例にすると、チームと選手との統一契約書により「球団が指示する場合、選手は写真、映画、テレビジョンに撮影されることを承諾する。なお、選手はこのような写真出演等にかんする肖像権、著作権等のすべてが球団に属し、また球団が宣伝目的のためにいかなる方法でそれらを利用しても、異議を申立てないことを承認する。」とされ、肖像権等が球団に所属するものとされています。
 なお、このような所属団体や所属チームによる肖像権及びパブリシティの権利に対する規制が存しない場合であっても、企業が従業員である選手の肖像等を利用する場合には個別に選手と企業間で契約を締結して使用範囲等の条件を明確に定めるべきです。




3.クラブチームと企業
 同一チームの各選手が、様々なスポンサー企業で勤務することから、各企業における給料や休日等の待遇について不公平が生じることは避けることができません。このような待遇や給料の不平等に起因して選手に不平や不満が生じることもあり得ますが、雇用者の処遇については各企業が決定することなので、平等の取扱いを要求することは残念ながら法律上は困難であると言わざるを得ません。
 ただし、クラブチーム側から各スポンサー企業に対して、雇用条件の希望を伝える等の努力を行うことも重要であり、一つの手段として、チームと企業との間でチーム所属選手の雇用確保について覚書等を結んでおくことが考えられるでしょう。