「審判と眼」

1.はじめに

 「人は視覚の動物」と言われているように、我々が周囲から得る情報の大半は眼(視覚)から得ています。従って、「視覚はその人の情報収集力」と考えることができます。スポーツでは視覚が果たす役割はさらに大きくなります。「スポーツビジョン」は、スポーツと視覚の関係を様々な方向から分析・研究する学問分野です。1988年に我々の「スポーツビジョン研究会」が発足して以来、2500名以上の日本人選手の視覚能力を分析してきましたが、その結果、競技力の優秀な選手は優秀な視覚を有していることが分かりました。トッププレーヤーは眼がいいのです。 
さて、スポーツ競技には必ずルールがあります。そのルールに従って競技を進めるのが審判員の役目です。また、審判員には選手の行為(プレー)を厳正にジャッジするという大切な仕事があります。この時にも眼(視覚)が大きく関係しているのです。




2.ジャッジする眼

 審判員は目の前で繰り広げられる選手のプレーを一瞬の休みもなく見ていますが、その情報は眼から視覚を介して脳にインプットされます。脳では、インプットされた情報をもとに瞬時に状況判断がおこなわれ、そのプレーがルールに従っているか、あるいは違反しているかが、過去の経験や知識を参考に、これもまた瞬時に判定されます。それが違反した行為であると判定されれば手あるいは笛、または声によって示されます。
このように審判員は、
(1) 視覚によって情報を入力する
(2) その情報を材料にして判断・判定をおこなう
(3) 判定結果を表現する
の3段階の作業を常に行っているのです。


3.ジャッジする眼をジャッジする

 視覚には多くの視機能が含まれます。最も基本になるのが「視力」(我々は「静止視力」と呼んでいます)ですが、そのほかに、「動体視力」(動く目標を見る能力)、「瞬間視」(瞬間的に多くの情報をインプットする能力)、「深視力」(距離の差を感じる能力)などがあります。これらの視覚には大きな個人差があって、人によって見え方が異なっているのです。言い換えると、脳にインプットされる情報の質と量に個人差があるということです。
審判員の眼にもこの個人差があります。良いジャッジを下すには良い視覚を持つほうが有利です。競技レベルが上がれば上がるほど、微妙な動き、微妙なタイミングに対する正しいジャッジが求められます。その時に正確に見える眼と、そうでない眼と、どちらが望ましいかは聞くまでもありません。しかし、ジャッジには、脳における思考過程と、それを表現する出力回路が関係していますので、良い視覚さえあれば良いジャッジが下せるかというと、そうはいきません。良い視覚は正しいジャッジのための「必要条件」ではあっても「十分条件」ではないのです。


4.視覚の向上をはかる


 審判力向上のための視覚の向上を考えます。視覚の向上を目的とする色々な視機能のトレーニングを「ビジュアルトレーニング」と言います。まず、「視力」は『原則』としてトレーニングできません。ただ、コンピューターに代表される長時間の近見作業などによって眼の中で焦点調節をおこなう筋肉(毛様体)が緊張状態になり、一時的に視力が低下する場合がありますが、この種類の視力低下は、遠方と近くを交互に見るか、「Dr. REX 」のような3Dの動画を見ることによって毛様体が回復し視力が回復する場合があります。
しかし、その他の屈折異常(一般的な近視・遠視・乱視など)による視力低下はトレーニングで良くすることはできませんので、この場合には「適正な視力矯正」が必要となります。視覚向上の第一歩は、視力不足に対する視力矯正です。視力不足を改善するだけで、自動的に動体視力(の一部)や距離感などが改善される場合があります。視力矯正の方法には、手術(LASIK など)、コンタクトレンズ、メガネなどがありますが、どの方法を選ぶかは競技や年齢、屈折異常の程度によって異なりますので、必要な時は御連絡ください。「ビジュアルトレーニング」には『VTS 』のような3Dソフトを利用する方法、日常生活の中でおこなうトレーニングなど色々な手段があります。
視覚の向上は情報収集力の向上を意味しますが、審判能力の向上には、同時に、思考や出力回路のグレードアップ(経験を積んだり、勉強や筋トレをおこなったり)をはかることが必要です。


5.視覚と体力

 視覚能力は体力の影響を受けます。体力が低下した時、あるいは激しい運動をしている時などには視覚能力が低下することが報告されています。常に良い視覚を保つためには体力を強化し、食事や睡眠にも充分気を配って、その体力を最良の状態に維持しておくことが大切です。


6.視覚と明るさ


 昼間の屋外の明るいグラウンドやコートなら良いのですが、雨の日や夕方、あるいは体育館の中では目標が見にくいと感じる方も多いと思います。屈折異常がある場合、うす暗い中では視力は低下します。日本の体育館の中には照明不足で暗く感じる体育館が少なくありません。ジャッジに必要な良い視力を保つために、ふだんは視力矯正の必要がない人でもスポーツの現場では視力矯正が必要になったり、あるいは、すでに矯正をしている人でも、その場の状況に応じて矯正方法や矯正度数を変えたりしなければならない場合も生じます。


7.視力とサプリメント


 視覚能力を改善するサプリメントとして、ブルーベリーやカシス、あるいは各種のビタミン剤が売られています。どれにも屈折異常を治すほどの効力はありませんが、毛様体の緊張や疲労に対しては、幾つかのサプリメントが有効というデータもあります。しかし、いずれにしても視覚能力を明らかに良くするような有り難いサプリメントはないようです。


スポーツビジョン研究所

[経歴]
1945年生まれ
1970 広島大学医学部医学科卒業、同第一外科入局
1988 スポーツビジョン研究会設立・同代表
2001 そごう横浜店外科クリニック医院長、現在に至る

[現在]
スポーツビジョン研究会代表
日本バスケットボール協会医科学研究部委員

[著書]
スポーツビジョン[スポーツのための視覚学]第2版 真下一策編 NAP社
スポーツ眼科 金井淳(共訳:真下一策)NAP社 など