ライズボールは本当にライズしているか?

第5回

 1870年代から1950年ころまで、野球の投手が投げた変化球のボールの曲がりは、目の錯覚ではないかと、真剣に議論されていました。回転するボールには、重力のほかに、ボールの進行方向を変えようとする力が作用していることが、現在では明らかになっています。
 同じように、ソフトボールのライズボールでも、本当にライズするか、しないのかという議論が起こっています。そもそもライズボールとは、浮き上がりながら飛んでいくボールであると指導書では述べられており、ボールがホップするようなイメージを持っている選手が多いようです(図1)。つまり、バックスピンを与えることで、ボールを持ち上げる力が重力よりも大きくなるということです。

図1 指導書に見られるライズボールの飛行軌跡のイメージ
Cheri Kempf (2002)The softball pitching edge. Human Kinetics: P78を改変
図1 指導書に見られるライズボールの飛行軌跡のイメージ

Cheri Kempf (2002)The softball pitching edge. Human Kinetics: P78を改変


 私たちはライズボールがどのような飛行軌跡になるのかを、3次元画像解析法を用いて分析しました。実験には、村里和貴投手(デンソー)を含む実業団所属投手4名に参加してもらいました。村里投手は、ライズボールを武器として、平成19年度日本男子ソフトボールリーグで優勝投手となり、男子東日本リーグの最優秀投手賞(防御率0.53)を獲得しています。また、日本代表チームの一員としてソフトボールワールドカップ世界一に導いた投手でもあります。その超一級品のライズボールの典型例を、3塁方向から見たのが図2になります。ボールを持ち上げる力が作用することによって、重力のみが作用した飛行軌跡よりも、ホームベース上では25cm上方に到達していました。しかしながら、その力は重力よりも小さく、村里投手のライズボールであっても、指導書にあるようにボールが急激にホップする(浮き上がる)ということはありませんでした。

図2 三塁方向からみた村里和貴投手(デンソー)のライズボールの飛行軌跡
実際のボール軌跡は、ボールを持ち上げる力を無視して重力のみがボールに作用したと仮定した飛行軌跡よりも、ホームベース上で25cm上方に到達する。しかし、ボールを持ち上げる力は、ボールに作用している重力よりも小さく、実際には"ライズ"していないことがわかる。
図2 三塁方向からみた村里和貴投手(デンソー)のライズボールの飛行軌跡

実際のボール軌跡は、ボールを持ち上げる力を無視して重力のみがボールに作用したと仮定した飛行軌跡よりも、ホームベース上で25cm上方に到達する。しかし、ボールを持ち上げる力は、ボールに作用している重力よりも小さく、実際には”ライズ”していないことがわかる。


 ボールを持ち上げる力を大きくさせるには、(1)ボール回転速度を大きくすること、(2)適切な回転軸角度でボールをリリースすることの2点が重要になります。ボールを持ち上げる力が最大になる回転軸角度は、回転軸とボールの進行方向の間の角度が90°のとき、つまり純粋なバックスピンの状態のときです(図3A)。反対に、最近よく耳にするジャイロボールのように、ボールの回転軸がボールの進行方向と平行になって飛行しているときには(図3B)、ボールを持ち上げる力は最小になります。村里投手の回転数は毎秒24.2回転であり、ほかの実業団投手と比べてもさほど大きな回転数ではありませんでした。一方、ボール回転軸の方向は、ほかの実業団投手よりもよりも比較的純粋なバックスピンに近く、これがボールを持ち上げる力を大きくしている要因であることがわかりました。しかし、村里投手であっても、ボール回転軸と投球方向の角度は41.2°であったことから、もう少し回転数を上げ、図3Aのような純粋なバックスピンで投球できたとすれば、真のライズボールを投げられる可能性も考えられます。

図3 三塁方向からみた2種類のボールの回転
Aは純粋なバックスピンであり、回転軸はボールの進行方向と直角である。Bはジャイロボールであり、回転軸はボールの進行方向と平行である。
図3 三塁方向からみた2種類のボールの回転

Aは純粋なバックスピンであり、回転軸はボールの進行方向と直角である。Bはジャイロボールであり、回転軸はボールの進行方向と平行である。


 「rise ball softball」をインターネットで検索してみると、2,480,000件以上もの情報を閲覧でき、ライズボールの飛行軌跡について記述されたサイトも多く見つかります。しかし、その中には疑わしい情報も多くあります。膨大な情報を簡単に得ることができる一方で、その情報がどれだけ信用できるものなのかを見極め、取捨選択していく能力が、スポーツ科学を有効に活用するためには重要であると考えられます。



神事 努(じんじ つとむ)
国立スポーツ科学センター・スポーツ科学研究部 契約研究員

1979年生まれ。中京大学体育学部卒業、同大学院博士課程中退後、同大学院に助手として勤務。平成19年度から国立スポーツ科学センタースポーツ科学研究部に勤務。専門はバイオメカニクス。投動作のパフォーマンス評価に関する研究を行っている。