第6回

日本の球技スポーツの現状

 競技力は、技術(戦術を含む)・体力・精神力の3要因によって決定されると言われています。3要因はいずれも独立したものでなく相互に関わっていますが、球技スポーツの世界では体力を補強的に捉えることが多く、技術や戦術あるいは加えて精神力の強化が非常に重要視されているのが現状で、欧米との体力差を昔から実感している日本でさえその実状は変わりません。

 一方、国際大会に目を向けると、とりわけ日本チームには必ずと言っていいほど体力の必要性、重要性を耳にします。今年は北京オリンピックで何個のメダルが取れるかが大きな話題ですが、その可能性のほとんどが個人種目であり、球技スポーツではアメリカやアジア勢が中心の野球やソフトボールなどの種目にはその可能性がありますが、全世界的なサッカーやバレーボールなどはその可能性が非常に厳しいのが実状です。残念ですが、ハンドボールやバスケットボールはオリンピックにも出場できません。その原因の一つに、昔から言われていますが、欧米人との体力差があげられます。具体的には「体格差がもたらす体力差」と表現するのが適切でしょう。しかし、この体力差を埋めてきた事例は結構ありますし、その埋め方にサイエンスが大きく貢献していると考えます。今回は、その事例をいくつか紹介し、次回サイエンスの視点から述べたいと考えています。

ハンドボール界 〜外国選手に負けない身体〜

 私の専門とするハンドボール界では、形態的に日本人と同程度の韓国女子チームが、ソウルオリンピックでの金メダルに始まり、バルセロナ金、アトランタ銀、シドニー4位、アテネ銀と世界トップレベルの成果をあげており、技術や戦術のみならず徹底した体力強化が大きな要因となっていると言われます。小学生からナショナル選手まで同じ基礎技術トレーニングを行う一貫指導体制を築き、とりわけ著しい成果を上げている女子においては、男性的な動きを取り入れた技術づくりに徹底したフットワークトレーニング、スピード・筋力強化、そして世界トップレベルの国とほぼ互角に戦えているのに残り数分で勝てない反省から徹底したスタミナ強化(早朝の持続走と地獄のサーキットトレーニングと呼ばれているトレーニング)に取り組み、世界トップの地位を不動のものにしました。
 また、10年前に熊本で開催された男子ハンドボール世界選手権において、日本代表チーム強化のために初めて招聘した外国人指導者オレ・オルソン監督は、日本協会の全面的なバックアップ体制のもとで、身長では約10cm追いつかないヨーロッパ選手に体重で追いつこうと約10kg増を実現し(体重は世界トップレベル)、ヨーロッパ選手に見劣りしない体格を作ったことは記憶に新しいと思います。


 1日の摂取カロリーを体重1kg当たり60kcal(約5,000kcal/日:欧米における激しいスポーツ選手の必要量)とし、そのために1日4〜6食(朝食、昼食、夕食、夜食をメインとし、午前と午後の練習中に牛乳とロールパン数個)という発想で実現させたもので、日本オリンピック委員会も注目していました。もちろん、体重増=筋肉量増が目的ですので、徹底した筋力トレーニングを行わせ、さらにスプリントトレーニングやジャンプトレーニング、スタミナ向上のための持続走とインターバルトレーニングにより大幅な体力向上となりました。パワー=筋力(体重)×スピードですので、スピード向上はわずかながらも大幅な筋力(体重)増は大幅なパワー向上となり、まさにサイエンス通りと言えます。成績との因果関係は別にしても、結果、世界選手権初のベスト16の成果と、ベスト16で敗戦したフランス(前回の世界チャンピオン、今回3位)に残り0.6秒で逆転負けした健闘をみせてくれました。

他競技の実例

 他競技では、個人的にはサッカーのヒディング監督に大変興味があります。彼は、日韓共催のワールドカップ数ヶ月前に韓国代表チームへ招聘され、当初は外国の大型選手に当たり負けしない体づくりのため押し合いや引っ張り合いなどのトレーニングと徹底した持久力トレーニングを主課題とし、その後のコンフェデレーションカップでフランスに0-5と大敗して国民から大きな批判を浴びていたそうですが、最終的には当たり負けや走り負けしない体力を作り上げ、ベスト4という素晴らしい成果を収めました。中田英寿選手やイチロー選手、松井秀喜選手の体が一回り大きくなったことも、一目瞭然です。1972年のミュンヘンオリンピックで金メダルを獲得した男子バレーボールチームの松平康隆監督も、運動生理学や心理学の専門家のアドバイスを請い、2m前後の長身選手に逆立ち歩きやトランポリンなどのトレーニングをさせたことも良い実践例です。


田中 守(たなか まもる)
福岡大学スポーツ科学部 教授

<経歴>
1958年生まれ。群馬県吉岡町出身。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院体育研究科
修了。1983年福岡大学体育学部助手、1997年より現職。専門は、スポーツ生理学、体力学、ハンドボール。
現在、日本ハンドボール協会情報科学委員長、福岡県ハンドボール協会理事長
指導歴は、全日本女子ジュニアハンドボールチームコーチ(1988〜1991)
全日本女子学生ハンドボールチームコーチ(1993〜1994)
福岡大学男女ハンドボール部監督(1983〜現在)