銀メダルと銅メダル、どっちが幸せ?


 「銅メダリストの方が銀メダリストより幸福感を得ている」――。
 バンクーバー五輪期間中の2月下旬、カナダの日刊紙『グローブ・アンド・メール』にこんな研究結果が掲載されたという記事を見つけ、大いに興味を引かれた。
 この研究結果は、米イリノイ州にあるノースウエスタン大学のビクトリア・メドベク教授(心理学)らの研究チームが発表したもので、1992年バルセロナ五輪のメダル授与式の映像から銀メダリストと銅メダリストの表情を被験者に見せ、それぞれの満足度を客観的に評価させたところ、順位と満足度が一致しないことが明らかになったのだという。メドベク教授によれば、銅メダリストは「少なくともメダルは取ったぞ!」と結果を前向きに捉えて満足感を得るのに対し、銀メダリストは「もし○○だったら金メダルが取れたのに……」と後ろ向きな発想をしがちで、幸せな気分を減退させてしまうのだそうだ。

 先のバンクーバー五輪でもこれを裏付けるようなシーンが多々あった。何と言っても印象的だったのは、フィギュア女子シングルの浅田真央選手だろう。試合直後のインタビューで「本当に長かったというか、あっという間に終わってしまった」と言って悔し涙を見せた彼女は、表彰式に臨んでも満面の笑みで喜びを表す金メダルの金妍兒選手(韓国)や銅メダルのジョアニー・ロシェット選手(カナダ)とは対照的に、目にうっすらと涙を浮かべ唇を固く結んだ表情を崩すことはなかった。
 とはいえ、トップアスリートは切り替えの達人だ。金メダルを逃して悔し涙をこぼした浅田選手も、試合翌日の記者会見ではスッキリとした笑顔でこう語った。
 「昨日は気持ちの整理がつかなくてただただ悔しかった。今思えば、初めての五輪でトリプルアクセルを3回跳べて銀メダルを取れたことはすごくうれしい」

 もう一人印象に残ったのが男子モーグルの銀メダリスト、デール・ベッグスミス選手(豪)だ。21歳の若さで出場したトリノ五輪で金メダルを獲得した彼は、五輪2連覇を狙っていた。上村愛子選手と同じ『ID one』という日本製のスキーを愛用する選手ということもあって応援していたのだが、地元ファンの大声援を受けたアレクサンドル・ビロドー選手(カナダ)に0.17点差で惜敗。レース直後は自分の負けが信じられなかったようで、「なんでオレが銀メダルなんだ?」と言わんばかりの不満げな表情でビロドー選手と握手を交わす姿が目に焼き付いた。
 このスポーツマンらしからぬ彼の態度にオーストラリアの新聞各紙は一斉にかみついた。表彰台でも憮然とした表情のままだったため、「冷酷な男」「ミスター・ミザラブル(哀れな男)」「最も冷淡な男」と呼んで厳しく批判したのだ。
 しかし、彼の気持ちもわからないではない。実はベッグスミス選手、カナダのバンクーバー生まれなのだ。ジュニア時代から将来を嘱望される逸材だったが、競技資金を稼ぐため13歳で兄とIT企業を興したところ仕事が忙しくなり、規律の厳しいカナダチームにいられなくなった。そこで慕っていたカナダ人コーチのいるオーストラリアに移住。出場資格を得るまでの2年間は雌伏して時を待ち、トリノ五輪で頂点に立った。今回は生まれ故郷が舞台の五輪だっただけに「カナダチームを見返してやりたい」という思いがあったはず。カナダの選手には負けたくないのが本音ではなかったか。

 一緒に戦った仲間への礼儀を欠くような振る舞いは論外だが、私は負けたことを心の底から悔しがる選手が大好きだ。悔しさと真正面から向き合って敗北を受け入れた選手は、必ずや大きく成長できると信じている。その意味で色は何であれ、中途半端な満足感を得るメダルより、悔しさいっぱいのメダルの方にこそ可能性を感じるのだ。


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