不屈の精神


 バンクーバーパラリンピックがクライマックスを迎えた。日本勢は大会序盤、1994年リレハンメル大会から5大会連続出場の大日方邦子選手が、アルペンスキー回転女子座位で銅メダルを獲得したのをかわきりに、ノルディックスキー距離男子立位10キロクラシカルで新田佳浩選手が金メダルに輝くなど、ここまで6個のメダルを獲得(日本時間19日現在)。メダル数もさることながら、自身の限界を超えようとするパラリンピアンの姿は、私たちに生きる力というものを教えてくれる。

 思えばバンクーバーオリンピックもそうだった。競技初日に行われたフリースタイルスキー モーグル女子。胸に焼きついているのは、銀メダルを取ったジェニファー・ハイル選手とともにカナダ代表として出場したクリスティー・リチャーズ選手の戦いぶりだ。
 彼女は決勝で第1エアを飛んだ後、バランスを崩して大転倒。スキー板がはずれるほどのアクシデントだったため、棄権かとも思われた。しかし、彼女は違った。はずれたスキー板を拾い上げると、それを落ち着いて履きなおし、再び立ち上がったのだ。
 刻々と過ぎていく時間をものともせず、ゆっくり呼吸を整え、集中力を取り戻していくリチャーズ選手。仁王立ちでコースを見下ろす姿には、一瞬、時間が止まったのかと思うほど鬼気迫るものがあった。そんなリチャーズ選手の第2エアは難度の高い技がみごとに決まってフィニッシュ。結果は20位に終わったものの、最後まで勝負を捨てない姿勢が大喝采を浴びた。

 フィギュアスケートの高橋大輔選手はメダルのかかったフリー序盤、果敢に挑んだ4回転ジャンプで尻もちをついてしまった。しかし、すぐに態勢を立て直すと、その後は完璧な演技で銅メダルを獲得。一度のミスを引きずらず、気持ちを切り替えるその素早さには、ただただ感心するばかりだった。聞くところによれば、高橋選手は転倒したときのリカバリーも入念に練習していたそうだ。

 さて、オリンピックの大舞台から一転、わたしたちの日常に目を転じてみると、ミスや失敗など山ほどある。自分に落ち度がなかったとしても、ハプニングやアクシデントは時に向こうからやってくる。そんなとき、投げやりになりそうな気持ちを立て直してくれるのは、切り替え上手のアスリートの言葉だ。
 「人生うまくいかないときにどれだけ頑張れるかで、そこから先が変わってくる。苦しい場面に直面したときに、人間としての真価が問われる」とは、1996年アトランタオリンピック サッカーでスーパーセーブを連発した川口能活選手の弁。勝負という厳しい世界に身を置くアスリートの不屈の精神は、七転び八起きの人生の頼れる杖となる。

高樹 ミナ(たかぎ みな)

スポーツライター

2000年シドニー大会の現地取材でオリンピックの魅力に開眼。

2004年アテネ大会、2008年北京大会を含む3大会を経て、

2016年オリンピック・パラリンピック招致に招致委員会スタッフとして携わる。

競技だけにとどまらず、教育・文化・レガシー(遺産)などの側面から

オリンピックとスポーツの意義や魅力を伝える。

日本文化をこよなく愛し、取材現場にも着物で出没。趣味は三味線と茶道。

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