消える五輪
オリンピック開催経験をもつ都市を訪ねて感心することがある。かつての競技会場が市民に愛用されているのはもちろん、施設の名称に“Olympic”の文字がしっかりと遺されているのだ。「オリンピック・スタジアム」という名称はよく見かけるし、88年カルガリー大会のスピードスケート会場は「オリンピック・オーバル」、ソウル大会の会場が集まる「オリンピック公園」のなかには「オリンピック博物館」が建っている、といった具合だ。 東京の場合、「国立オリンピック記念青少年総合センター」と「駒沢オリンピック公園」くらいかと思うが、98年冬季大会の開催地、長野はどうだろうか。 「長野オリンピック・スタジアム」(野球場)がある以外、ユニークなネーミングが当時話題になったエムウェーブ、ホワイトリング、ビッグハット、スパイラルなど、名称だけからは、およそオリンピック会場だと判断するのが難しいものばかり。どうにか、建物正面にかけられた《五輪マーク》が、オリンピック開催地としての誇りをとどめている。 ところがその五輪マークだが、最近になって、取り外される可能性が出てきた。 長野大会当時、オリンピックをリアルタイムに体験した市民や関係者にとっては思い出が何よりの財産となっているだろうが、オリンピック開催都市であったことを表わす名前やマークといった「よすが」が消えては、開催地としての誇りもいずれは消滅するだろう。特に、オリンピック開催の歴史的事実を端的に知れるシンボルの不在は、地元開催について知らない世代がオリンピックに親近感を抱く機会を失うことにつながろう。 そこで提案だが、命名権はIOCスポンサー企業が取得し、従来のような、社名や商品名をつける常套をくつがえし、“オリンピック”というネームを入れる離れ業を演じるというのはどうだろうか。これが許されるならば、五輪マークは下ろさずに済み、建物は晴れて“オリンピック”の名称がついた、真のオリンピックシンボルに生まれ変われる。
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