スポーツ応援預金




 “大義”への貢献に関心をもつ消費者の善意に働きかけ、企業みずからもCSRを同時に果たそうとするマーケティングが盛んだが、スポーツ界での一例を紹介しながらその意義に触れてみたい。

 カーリング女子、バンクーバーオリンピック代表のチーム青森。彼女たちを応援しようと、チーム主将の目黒萌絵選手(25)が勤める「みちのく銀行」(本社青森市)では、2009年9月1日から「チーム青森応援定期預金」を売り出した。同行は、青森で開催された世界選手権(07年)や日本選手権(09年)に協賛するなど、カーリング振興の一翼を担っている。
 2010年3月31日までの期間限定のこの応援預金には、同行オリジナルの「チーム青森応援ステッカー」がもらえる特典のほか、通常のスーパー定期預金1年ものの金利に0.05%の上乗せがある。最終的に預金総額はおよそ750億円に達した。予想を上まわる人気の秘密は、利息の優遇以外に、寄付つき預金という点にもありそうだ。
 銀行側が、預金額の0.005%分(10万円あたり5円)を青森県カーリング協会に寄付する仕組みになっており、預金者の負担はない。貯金をすればするほど銀行から協会への寄付が増え、チーム青森の支えが大きくなり、預金者も、支援している多少の実感や満足が得られるというわけだ。最終的な寄付額はおよそ375万円にのぼる計算で、贈呈式は5月7日に予定されている。

 750億円という数字には、チーム青森の人気の大きさをあらためて再認識させる迫力がある。単なる寄付金集めではこれまでの額には容易に達しない。寄付つきの「預金」なればこそのデモンストレーション効果といってよい。
 集まった750億円は企業融資、個人貸付などを通じて地元の経済や暮らしに役立てられ、青森の活性化に寄与したとなれば、チーム青森による地域振興への効果として評価される。チーム青森の道産子4人は、カーリングと学業や仕事とを両立できる環境を求め津軽海峡を渡った。青森への恩返しになったであろうか。
 一方の北海道は、逃がした魚の大きさに気づいたか、2012年に通年稼動のカーリング場を札幌市内につくると発表。チーム青森の最大のライバル、常呂高校のメンバーは今年4月から揃って札幌市内の大学に進んだ。今後、北海道の巻き返しがあるだろう。両都市のデッドヒートが、さらなるカーリング振興と地域活性化の相乗効果を生む刺激となることを期待したい。

 応援預金が、目黒選手自身の心理面に及ぼす効果も見逃せない。正社員として企業に雇われる実業団選手の多くは、目黒選手に限らず、試合や合宿、遠征などで欠勤も多く、退社時間も早い。引け目もあるに違いない。けれども、もし会社の業績に貢献していると思える証(あかし)が、自他共に見える形であれば、選手は多少とも胸を張っていられる。応援預金は、目黒選手のそんな心理的負担をカバーし、より競技に打ち込めるようにとの職場の配慮の賜物ともみなせよう。

 一時「見返りを求めない寄付」が好調だったが、景気による浮沈が激しく、経営者の「鶴の一声」やポケットマネーに頼ったスポーツ支援も美談とはいえ、トップ交代による憂き目に遭わないとも限らない。スポーツやアスリートの価値を活かして収益を上げ、それをスポーツ界への支援としてはもちろん、他方面にも広く還元できる寄附つき商品の普及を期待したい。


嵯峨 寿(さが ひとし)

筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
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