メダリストの義務と責任<船木和喜選手>(2)
12年前の長野五輪ジャンプ競技で個人ラージヒルと団体の2つで金メダルを獲得した船木和喜選手。彼は快挙を成し遂げた瞬間、喜びと同時にスキー界、スポーツ界に恩返しをしなければならない責任と義務を背負ったと感じたという。世界を目指す選手だけでなく、「ジャンプを始めてみたい」「実業団には入れないけれど、社会人になっても飛び続けたい」という人たちの受け皿になるクラブチーム『FIT SKI』をつくったのはそのためだ。 そんな彼が今、憂えているのがジャンプ少年の減少だ。このまま手をこまねいているわけにはいかないと、スキーなどの冬季競技のスポーツ少年団を支援する基金を昨年設立。その財源を確保するための柱の1つが前回(第18話)ご紹介した食品卸売会社『えにし』の立ち上げだった。 食の安心安全が問われる時代ということもあり、食材はすべて国産のものを厳選。鹿児島産の黒豚肉を使った「黒豚餃子」はお世辞抜きに美味!! 餃子以外にも北海道栗山町産の素材を使った「くりやまコロッケ」を製造するメーカーも彼の思いに賛同して商品を卸してくれるなど、支援の輪は着実に広がっている。通常の営業活動は社長の吉田拓さんに任せているが、重要な商談には船木選手自身が挨拶に行って思いを伝えるのはもちろん、シーズンオフにえにしが出店する食のイベントやお祭りがあれば、自ら店頭に立って餃子を焼いてお客さんを喜ばせている。 えにしの事業と並ぶ育成基金のもう1つの柱が、船木選手が飛んだ距離をお金に換算した寄付である。彼が出場した大会で記録した飛距離を1メートルにつき10円で換算。初年度の昨年は19大会で合計3,369メートルを飛び、3万3,690円になった(今後は賛同する選手を募って寄付を増やしていく予定)。これとえにしの売上の一部を合わせた額を基金に充て、スキー用具の提供を行うのだ。 昨年3月に船木選手の故郷・余市で開催された『全国ジャンプ少年団交流大会』では抽選で5人にジャンプスーツを、今年3月に小樽で開催された同大会ではヘルメットをプレゼントした。今年は7月頃にFIT主催のサマージャンプの交流試合も予定しており、子供たちがふだん経験することのない団体戦を行うことで、仲間と戦う連帯感や喜びを味わわせてあげたいと考えている。 こうした話を聞いていると「さすが金メダリスト!」と感心する反面、「競技者としての活動に支障はないのだろうか?」と心配になるが、杞憂とばかりに笑って一蹴する。 「大丈夫ですよ。本業の成績が下がっているなら活動のスタンスを変えなければいけませんが、一昨年より昨年、昨年より今年の方が成績は上がっています。ちょっとキツイ面はありますが、ぼく自身、楽しくやっていますから」 えにしの事業が軌道に乗ったら、北海道内にある使われなくなったジャンプ台を整備して「子供たちのために復活させたい」という夢も描く船木選手。後進の育成で新境地を切り拓くことが金メダリストとしての矜持であり、再び世界の頂点を目指す競技者としての原動力になっているのかもしれない。
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