ユース・オリンピックの挑戦




 第1回ユース・オリンピックが8月14日から26日までシンガポールで開催される。14〜18歳の若者たちの大会には運動競技以外に、文化教育プログラムが組み込まれている。

 文化教育プログラムは①オリンピズム、②スキル開発、③健康で幸せなライフスタイル、④社会的責任、⑤豊かな表現といった5つのテーマに基づいた50以上の活動からなる。活動は7ジャンルに分けられていて、①勝者との対話、②ディスカバリーアクティビティ、③ワールドカルチャービレッジ、④コミュニティプロジェクト、⑤アート&カルチャー、⑥アイランドアドベンチャー、⑦探検旅行といったネーミングは、さながらテーマパークのアトラクションのようだ。このうちたとえば「勝者との対話」では、ロールモデルに起用されたテニスの杉山愛選手らが、自らの経験をふり返りながら、オリンピックが特に重視するエクセレンスや友好、尊重といった価値について語る。

 文化教育プログラムのねらいは、「若い選手たちが真の意味で勝者となるよう、オリンピックの価値を実感し、自らの日常生活やコミュニティにそれをどう生かすかを考えさせる」ことにある。従来のオリンピック、オリンピアンに欠けている点を補うべく、若年期からの教育を通してオリンピック精神の育成を図ろうとする、国際オリンピック委員会の意欲がうかがわれる。一方、ユース・オリンピックの前途には、懸念材料も立ちはだかる。

 選手の文化教育プログラムへの参加は任意であって必修ではない。このため、参加をうながす工夫が色々となされているが、まず、所定要件をクリアした参加者には特別なプレゼントがあるらしい。また、文化教育プログラムの開催日、時間帯の幅が広くなっていて、アート&カルチャーは最も限定された日程(8月20、23、25日の19:30〜20:30)だが、選手村での展示を主体としたディスカバリー活動などは、大会の開催期間中(10:00〜20:30)を通じてアクセスできる。選手は、競技の合間や試合後の息抜きを兼ね、オリンピックの価値に関わる知識と、それを実生活に生かすヒントや方法を、楽しみながら学べる。

 動員の秘策と思われるのは、13日間の選手村滞在である。従来のオリンピックでは、競技日程に合わせ入村・退村が自由にでき、村外での宿泊も許されたが、ユース・オリンピックでは選手全員、大会期間中を通して選手村に滞在しなくてはならない。選手交流をうながす措置にもみえるが、退屈しのぎに文化教育プログラムに参加させようとの作戦にもとれる。いずれにせよ、選手、競技団体は選手村の長期滞在に難色を示しそうな気配がある

 インターハイや国体予選などの大会日程がユース・オリンピックと重なる場合、大学のスカウトが注目する国内大会のほうを優先したい高校選手もいるだろう。競技団体も、選手のトレーニング計画やコンディショニングに悪影響が大きいと判断すれば、有力選手の派遣をあえて見合わせるかも知れない。こうしてユース・オリンピックが必ずしも競技の世界一決定戦とは言えないとなれば、従来のオリンピックに慣れ親しんだメディアや観衆の目には物足りない大会に映ってしまう。

 いや、ユース・オリンピックは、そもそも競技力よりも人間力の向上をめざすオリンピック本来の姿を追求しているのかも知れない。オリンピックがめざす真の勝者とは何か、オリンピックの価値とされるエクセレンスとは何か、ユース・オリンピックはそれらの答えを世に問う挑戦的な大会となりそうだ。

嵯峨 寿(さが ひとし)

筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
INDEXへ
次の話へ
前の話へ