スポーツの多面性




 このコラムのテーマでもある「スポーツの価値」を考えるとき、スポーツの意義とは何かを念頭におく必要がある。
 「スポーツとは何か」と問われれば、私は「人間力を高めるのに効果的な方法のひとつ」と答える。人間力とは、人が人として豊かに、そして強く生きていくこと。そのための体力や精神力、コミュニケーション能力を身につけるのに、スポーツはたいへん有効であると思うのだ。

 そのことを実感する出来事が今月はじめにあった。
 今年8月14日から26日まで、史上初のユースオリンピックが開催されるシンガポールから、徳明政府中学(Dunman High School)の卓球部員23人が来日し、東京・北区のナショナルトレーニングセンター(NTC)で6月4日、日本の卓球のジュニア選手たちと親善試合を行った。
 中学といっても、シンガポールは中高一貫教育のため、先方の子どもたちは13歳から18歳。相手のほうが年上ではあるが、一公立校の卓球部員と国の選抜選手とでは競技力の差は歴然で、体の小さな日本の子どもたちがシンガポールの子どもたちを負かすシーンが相次いだ。9歳から卓球をはじめたという15歳のゴージャ・インさんは、「日本の選手たちはレベルが高くて驚いた」と目を丸くしていた。

 親善試合とはいえ、競技レベルの違う子どもたちが、なぜ試合をしたかといえば、今回の試みがユースオリンピックに向けた練習試合の意味合いではなく、「一校一国運動プログラム」の一環として実現したからだ。そのため、日本からはユースオリンピックの出場資格(14歳から18歳)に満たないジュニア選手が参加し、シンガポールから来日したのもナショナルチームではなかった。
 一校一国運動とは、1998年長野冬季オリンピックで誕生した取り組みで、大会に参加予定の国や地域と長野市内の小中学校、特殊学校など75校が交流し、互いの文化や歴史、語学を学ぶことで、国際理解や平和の尊さ、環境保全に対する意識の向上をはかった。子どもたちにオリンピックの理念を根づかせたと高く評価され、2002年ソルトレークシティ大会、2006年トリノ大会、2008年北京大会でも実施されている。

 この活動がユースオリンピックにも取り入れられた。シンガポールでは目下、200校の子どもたちが大会参加予定国・地域について学んでおり、日本とシエラレオネ(西アフリカ)を担当する徳明政府中学の子どもたちも、ふたつの国のことを研究しているという。同プログラムを受けもつシュウ・トウリ先生が日々の活動について教えてくれた。

 「ユースオリンピック・ウォークと呼ばれる通りに、参加国・地域数の205本の木が植えられていて、その一本一本に国や地域の特色を描いた子どもたちの絵が設置されています。制作にあたっては各校の子どもたちが、それぞれの国や地域の歴史や文化を学びました。また、大会本番には選手村に各国・地域のブースを出しますから、いまはその準備で大忙しです」。ちなみに日本の木のところには、雄大な富士山の絵が置かれているそうだ。

 これらの活動にはスポーツをしている子どもも、していない子どもも参加する。加えて出場選手は必ずしも現時点でのトップ選手ではないことから、ユースオリンピックが競技力を競うだけの大会でないことがわかる。スポーツの多面性を見せてくれる、興味深い事例になりそうだ。

 親善試合に参加した子どもたちはといえば、ぎこちなかった試合前に比べ、試合後の表情は和やかだった。互いの国の言葉でお礼を言い、一人ひとりと握手を交わす。卓球という共通のスポーツを通じて、通い合うものがあったのだろう。そこには子どもらしい、はにかんだ笑顔があふれていた。


高樹 ミナ(たかぎ みな)

スポーツライター

2000年シドニー大会の現地取材でオリンピックの魅力に開眼。

2004年アテネ大会、2008年北京大会を含む3大会を経て、

2016年オリンピック・パラリンピック招致に招致委員会スタッフとして携わる。

競技だけにとどまらず、教育・文化・レガシー(遺産)などの側面から

オリンピックとスポーツの意義や魅力を伝える。

日本文化をこよなく愛し、取材現場にも着物で出没。趣味は三味線と茶道。

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