真のチャンピオン〜ユース世代の活躍から〜




 「試合に勝つにはいちはやくゴールに到達するだけでいい。しかし、チャンピオンになるには体の鍛錬だけでなく、人格も磨かなければならない」
 8月14日、シンガポールで開幕した第1回ユース夏季オリンピックの開会式における、国際オリンピック委員会(IOC)のジャック・ロゲ会長の弁である。近年のオリンピックが結果に重きを置く傾向にある中、ユース世代の子どもたちに贈る言葉としては意義深いものがあった。

 そのユースオリンピックで、日本代表が目ざましい活躍をみせている。大会2日目にトライアスロン女子の佐藤優香選手(トーシンパートナーズ・チームケンズ)大会第1号の金メダルを獲得。これを皮切りに3日目はレスリング女子46キロ級で宮原優選手(東京・安部学院高)、4日目は男子54キロ級で高橋侑希選手(三重・いなべ総合学園高)、そして5日目には体操男子個人総合で神本雄也選手(東京・明星高)が金メダルに輝いた(8月19日現在)。
 まさにメダルラッシュ。連日届く朗報に胸躍らせながら、とりわけ女子レスリングの快挙にあたっては昨秋のある出来事を思い出さずにはいられない。

 宮原選手が通う東京・北区の阿部学院高等学校の道場。普段は日本オリンピック委員会(JOC)のエリートアカデミー生としてナショナルトレーニングセンター(NTC)でトレーニングをしている宮原選手は、安部学院レスリング部との合同合宿に臨んでいた。
  小学2年生のとき、父親の開く富山のジムでレスリングをはじめた彼女は、中学2年生で上京し、全寮制のNTCに入所。「東京に来て以来、同世代の女子選手と練習できるのがうれしい」と厳しいはずの合宿にも意欲をみせる。実際、練習は選手もコーチ陣も真剣勝負で、髪を振り乱し闘争心むき出しで立ち向かう彼女たちに、コーチの檄(げき)が止むことはない。自分の思うようにスパーリングができず、悔しさのあまり泣き出す選手には、「バカヤロー! 泣くくらいなら、やめちまえ!」と容赦ない言葉が飛ぶ。だがかえって選手は奮起し、涙でぐしゃぐしゃになりながらも相手に向かっていくのだ。
 “スポ根”を地で行く世界。私はそんなスポーツのもつ純粋さが好きで、この日も彼女たちの懸命な姿に胸打たれ、道場の片隅で不覚にも涙してしまった。

 4時間ほどの練習の最後はコーチ陣の総括でしめくくられる。アドバイスは合宿の目的と、その日で見えた課題など。ここまではよくある光景だが、加えて、「自分たちがこうして合宿ができたり、好きな競技を続けたりしていけるのは、スポンサー様の支援、そして国民の皆さまの税金を使わせていただいているからだ」との指導には感心してしまった。聞けば、そのような指導は日常的に行われているという。
 子どもにお金の話をするのはよろしくないという日本の風潮にあって賛否両論あるとは思うが、ここで諭しているのはお金のことではなく、周りのサポートに感謝しなければならないという点だ。「チャンピオンになるには人格も磨かなければならない」というロゲ会長の言葉と重ねれば、日本女子レスリングがオリンピックのメダル常連国に成長したのにもうなずける。

 宮原選手の目標は2016年リオデジャネイロオリンピックで金メダルを取ること。現在、16歳の彼女は多感な時期とあって、これから悩み、迷い、葛藤の場面は少なくないだろう。そんなとき、レスリング界が施してきた指導がものをいうはずだ。いまから6年後、彼女には真のチャンピオンとして世界の頂点に立っていて欲しい。

高樹 ミナ(たかぎ みな)

スポーツライター

2000年シドニー大会の現地取材でオリンピックの魅力に開眼。

2004年アテネ大会、2008年北京大会を含む3大会を経て、

2016年オリンピック・パラリンピック招致に招致委員会スタッフとして携わる。

競技だけにとどまらず、教育・文化・レガシー(遺産)などの側面から

オリンピックとスポーツの意義や魅力を伝える。

日本文化をこよなく愛し、取材現場にも着物で出没。趣味は三味線と茶道。

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