運動好きの子どもを増やすには




 世界を舞台に活躍する選手たち、とりわけ現役生活を終えたアスリートが、各地で子どもを対象にしたスポーツ教室を開いている。サッカーチームやスイミングクラブ、小学校や中学校などに出向き、オリンピックに出場した経験や、そこにいたるまでの鍛錬、心の持ちようなどを直接子どもたちに語り伝える貴重な機会だ。子どもたちは夢中で話を聞き、生きいきと体を動かす。取材に訪れるたび、スポーツの可能性とアスリートの力を実感する現場である。
 だが、ほんの少し残念に思うこともある。指導の対象となる子どもたちのことだ。

 子どもには運動が得意な子もいれば、不得意な子もいる。例えば、ある小学5年生の女の子。勉強は好きだが、運動にはからっきし自信がない。にもかかわらず、ある日、郡市対抗の陸上競技大会のリレーメンバーに抜擢されてしまった。リレーといえば陸上の花形種目。しかも自分以外のメンバーは地域でも名を知られた韋駄天ぞろいで、足の遅い自分が選ばれるおぼえなどない。「出場しても迷惑がかかる。メンバーから外してほしい」と彼女は担任の教師に訴えた。だが担任は首を縦に振らず、彼女は大会に出場することになった。

 本番では第二走者に起用された。第一走者から2番手でバトンを受け取った彼女は、これ以上ない大きなストライドで足をフル回転させた。「仲間に迷惑をかけたくない」という一心で無我夢中で走った。思いのほか周りの選手についていけたものの、やはり順位は後退。第三走者とアンカーの追い上げによって、チームは4位でレースを終えたが、彼女は自分が足を引っ張ったのだと責任を感じた。
 ところがチームメイトは「頑張ったね」と彼女に声をかけた。教師も「よくやった」と健闘を称えた。実はこの教師には、成績も友だちとの関係も申し分ないこの児童に、運動の面でも自信をつけさせてやりたいという狙いがあったようだ。
 本人にも仲間や先生の言葉で安心したのと同時に、全力を出しきったという思いがあった。加えて周りから応援されるうれしさや、レースに臨む高揚感を生まれて初めて味わった。彼女の運動に対する苦手意識がやわらいだ瞬間だ。

 この女の子のように、子どもはちょっとしたきっかけで考え方を変えられる柔軟性をもっている。アスリートのスポーツ教室も、もともとスポーツをしている子どもだけでなく、運動に苦手意識をもっている子どもたちに何か有効な指導ができないものだろうか。
 例えば、学校が会場になる場合、アスリートに質問をしたり実技指導を受けたりする子どもはあらかじめ学校側が決めておくことが多く、その場合は十中八九、運動部の、しかもレギュラーの児童がその役目を担うが、ここに運動が苦手という子どもも加えてほしいと思うのだ。
 経験豊富なアスリートになればなるほど、どんな子どもの質問にも臨機応変に答えることができるだろう。たとえつたない動きであっても、その中に良いところを見つけ、褒めてあげることができるだろう。褒められた子どもはどうか。きっとそれまでにない自信が芽生え、運動に対する考え方が変わることもあるはずだ。
 そうした経験がスポーツを好きになれるかどうかのカギを握っている。子どもの体力低下や生涯スポーツの促進といった課題は、多感な幼少期にどれだけ良い体験ができるかに負うところが大きい。

 さて、先の女の子だが、運動嫌いから一転、中学・高校、さらには大学でも体育会でスポーツを続け、社会に出てからはスポーツの世界で物を書くことを生業としている。スポーツが人や社会に与える影響力とアスリートの魅力にひかれ15年が経った。僭越ながら筆者のことである。

高樹 ミナ(たかぎ みな)

スポーツライター

2000年シドニー大会の現地取材でオリンピックの魅力に開眼。

2004年アテネ大会、2008年北京大会を含む3大会を経て、

2016年オリンピック・パラリンピック招致に招致委員会スタッフとして携わる。

競技だけにとどまらず、教育・文化・レガシー(遺産)などの側面から

オリンピックとスポーツの意義や魅力を伝える。

日本文化をこよなく愛し、取材現場にも着物で出没。趣味は三味線と茶道。

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