競技現場+情報医科学=メダル?




 いよいよ始まった広州アジア大会。2年足らずに迫ったロンドン五輪の行方を占う重要な大会だけに、「今年最大の目標」と口にする選手も多い。最初の決勝種目として大会第1号の金メダルが期待される女子トライアスロンの足立真梨子選手と土橋茜子選手(ともにトーシンパートナーズ・チームケンズ)も、日本代表に選出されてからこの大会に照準を合わせてきた。
 2008年の北京五輪で井出樹里選手(トーシンパートナーズ・チームケンズ)が5位に入賞して以来、日本の女子トライアスロンは急速な成長を見せている。今季はエースの井出選手が不調だったものの、世界の強豪選手たちが転戦して戦う世界選手権シリーズ(WCS、全7戦)で足立選手が2戦で4位に入る大健闘を見せ、五輪本番とほぼ同一コースのWCSロンドン大会で土橋選手が10位に入るなど、世界と互角に渡り合う力をつけてきた。以前は絵空事に過ぎなかった五輪メダルの夢が、少しずつ現実味を帯びてきたのである。

 そんな彼女たちの活躍を陰で支えているのが、文部科学省の『マルチサポート事業』だ。メダルが有望な競技に狙いを絞って、情報医科学面から競技力の向上を支援しようという試みで、トライアスロンでは井出選手、足立選手、8月のユース五輪で金メダルを獲得した佐藤優香選手(トーシンパートナーズ・チームケンズ)の3人が対象になっている。
「以前は医科学の研究者と現場指導者の間には見えない壁のようなものがありました。でも、医科学の方がサポートという形で現場に入ってくれたので、指導者が医科学を理解し活用しやすい雰囲気になってきました。監督の理念や信念をよく理解したうえで選手にも接してくれる2人のスタッフは、今や欠かすことのできないチームの仲間です」
 と、飯島健二郎ナショナルチーム監督は言う。

 医科学スタッフが担う重要な役割の1つは、選手の体調管理のためのデータ採取と分析だ。飯島監督自身も過去5年間、選手の体温、心拍数、体重、睡眠時間、睡眠の質、食欲といったデータを毎日欠かさず取ってきたが、内臓に負荷がかかりやすい高地合宿を年に複数回行う中で、練習の質も量も落とさずに高度を上げるには、きめ細かな体調管理が不可欠となる。腎臓の負担を確認するための尿検査や脱水症状を見るための尿比重のチェックも毎日朝一番と就寝前に行っている。
「“今日はこういう練習をしたからクレアチンの数値をよく見ておいてね。おしっこは朝の一番搾りで”といったこちらのオーダーに、24時間体制で対応してくれる。夜は尿検査の数値を確認して医科学スタッフ、トレーナー、ぼくの3者で話し合い、翌日の練習メニューを決めることもしばしばです」(飯島監督)

 もう1つの役割が、競技力向上や戦術立案のためのデータ採取と分析だ。スイム、バイク、ランの順番でレースをするトライアスロンの場合、スタート種目となるスイムの泳力が重要なカギになる。最近はトップ選手たちの実力が拮抗しているため、スイムで上位に食らいつき、バイクで1stパック(先頭集団)に入れないと優勝争いに絡めないが、これを数値で示すのが『1stパックキープ率』だ。昨年のWCSでは1stパック以外から表彰台に上がった選手はゼロ、入賞した選手は辛うじて3%いたが、今年は表彰台も入賞もゼロだった。もはや1stパックに入れなければメダルは論外。そのキープ率を上げることが喫緊の課題になっている。

 また、スイムから上がって目前の1stパックに一瞬で追いつきたいという場合のバイクの爆発力も、数値で評価することが可能だ。その材料となるのが、選手が最大ワット値をどれだけ出せるか、最大に達するまでに何秒を要するか、それに伴って乳酸値がどう変化するかというデータだが、継続的に計測していると伸びている選手は数字で裏付けが取れる。今後伸びるであろう選手も予測がつくのだ。
「体力的に劣る日本人が欧米の選手に勝つためには、豊富な練習量ときめ細かい科学的な解析が必要です。様々な角度からアプローチする中でいかに“スキ間”を見つけていくか。医科学スタッフら専門家の意見を聞き、それを指導者として咀嚼しながら競技に生かしていかないと選手がこぢんまりしてしまう。これだけのスタッフに支えられているのは本当にありがたいですよ」
 飯島監督は実感を込めて言う。

 広州アジア大会ではマルチサポート事業の一環として、選手村に近接するホテル内に情報医科学面から日本代表選手を支援する『マルチサポートハウス』を初めて設置した。トレーニング機器やマッサージベッド、カウンセリングのための個室、競技ごとに映像分析を行うブースのほか、栄養士による適切な食事も提供されるという。こうした充実した環境を生かしていかにメダルにつなげるか――。選手にとってもマルチサポート事業にとっても、今大会はロンドン五輪のための重要な試金石なのである。


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