オリーブの葉冠




 2004年のアテネオリンピックの優勝者には、金メダルのみならず、オリーブの葉冠(ようかん)も授与された。オリーブの葉冠は、古代オリンピックで優勝したアスリートに与えられた賞品である。野生のオリーブの小枝を輪にしたものだが、しばらくたてば、枯れてしまう。彼らはなぜオリーブの葉冠を勝者への賞として選んだのだろうか。
 古代ギリシャ人は、オリーブの木は英雄ヘラクレスが常春の地から持ってきた神聖なものと信じていた。その地の人々は何不自由なく幸福に暮らし、空中を飛行し、地中の財宝を発見する力を備えていた。ヘラクレスが、樹木が生えていなかったオリンピアに、オリーブの苗木を持って行って植えたということを紀元前5世紀の詩人、ピンダロスが伝えている。そして、オリンピアにあるゼウス神殿後方の部屋の向かい側に、美しく神聖なオリーブの木が茂り、その枝から勝者の葉冠が作られたのであった。オリーブの小枝には、富を運んで来るという考えがあったのだ。古代では、羊毛、果実、菓子、油つぼなどをオリーブの小枝につり下げ、子ども達が一定の日にこれをかついで家々を回り、歌を歌いながら、プレゼントを集めて回る習慣があった。この時の豊かなオリーブの小枝は家々の戸口に最終的に飾られる。豊穣(ほうじょう)を引き寄せるためであった。

 さらに、オリーブの小枝は平和の象徴でもあった。古代人にとって小枝は、休息と快適な感覚を得るための品物であった。スティバスという小枝のしきつめられたものに人々が横になったりすわったりする習慣があったし、枝は平和を求める、または許しを求める人が携えるものでもあった。それは嘆願の枝と呼ばれ、オリーブの枝に羊毛が巻き付けられていた。宥和(ゆうわ)の儀礼の一種であった。豊穣、富、平和などの象徴として、オリーブの葉冠が古代で活用されていたのである。

 一方、オリンピックが始まる前にオリーブの葉冠を身につける人がいた。スポンドフォロイと呼ばれる人で、頭にオリーブの葉冠をかぶり、杖をもってギリシャ各地を回り、間もなくオリンピックが始まることを告げて回る使者であった。同時に、すべての争いを休止することも告げられた。
 オリンピックの休戦は当初1ヶ月であったが、徐々に長くなり、やがて3ヶ月となった。オリンピックに参加する国々は、その間に武器を手にしてはならず、死刑の執行も裁判も停止された。
 オリーブの葉冠をかぶったスポンドフォロイから、間近に迫った祭典と休戦を聞いた人々は、数ヶ月間は平和になると喜んだに違いない。

 さてこのオリーブの葉冠の授与式は、古代オリンピックの最終日に行われ、優勝したアスリート一人一人に授与された。彼らはその後、ギリシャのみならず地中海の各都市に帰ることになる。オリーブの葉冠をかぶったスポンドフォロイにより休戦が宣言され、オリーブの葉冠をかぶったアスリートがギリシャ各地へと帰って行く様は、祭典の終了後も戦争ではなく、富みに恵まれ、平和な状態が続くことを象徴的に意味していた。葉冠の授与式はそのことを人々に思い出させる儀式でもあったと解釈される。今日の金メダル以上に重い意味が込められていたのである。

真田 久
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