スキー復興を考える(1)




 山から雪だよりが届く季節になっても、スキーの話題を耳にすることがなくなった。今シーズンはオーストリアのレルヒ少佐が日本にスキーを伝えてから100年というメモリアルイヤーだというのに、業界が結束してスノービジネスを盛り上げようという動きはほぼ皆無である。
 昨シーズン、志賀高原にスキーに行って愕然とした。絶好の晴天で降雪量も十分という好条件にもかかわらず、ゲレンデはガラガラ。年配スキーヤーと修学旅行の高校生スノーボーダーの姿をチラホラ見かけるぐらいで、スキー場からまったく活気が感じられないのだ。バンクーバー五輪でもスキー競技はふるわず、希望の星になりそうな若手有望選手も見あたらない。「日本のスキー産業はどうなってしまうのだろう……」と、暗澹たる気持ちになった。

 猫も杓子も冬はスキーという異常ともいえるブームからはや20年。思えば、スキーを取り巻く環境は大きく変わった。東京から日帰り圏内にコンビニエンスタイプのスキー場が次々と新設され、スキーより取っつきやすいスノーボードの登場で敷居が一気に低くなった。そこに、バブルの崩壊や環境破壊という負のイメージが重なり、“ちょっとリッチでオシャレなスポーツ”だったスキーはすっかり色あせた感がある。
「あらゆるものは進化しなければ滅びるんですが、日本のスキー産業は新しい遊び方の提案もできないまま、ここ15年は進化を止めてしまった。人々が冬に暖を求めてハワイに行ったり、ディズニーランドが大晦日に一番の賑わいを見せる時代になっても、山の中にいる人たちは“雪が降ればみんなスキー場に来るはずだ”と勝手に思い込んでいた。一番の問題はそこにあるんでしょうね」
 国内外のスキー事情に精通し、スキー場のマーケティングやコンサルティング業務を手がける(株)エボンの坂倉海彦さんはいう。

 坂倉さんによれば、日本のスキー場が進化を止めてしまった最大の理由は、欧米で成功を収めた新しい滞在型スキーリゾートが日本ではことごとく失敗し、根付かなかったことにある。オーストリアやスイスに見られる地味だけど時間をかけて地元主導で地域を磨き上げていくという手法に対して、カナダやアメリカ、フランスでは、大手民間資本がスキー場と一体でホテルやコンドミニアムといった宿泊施設を開発・整備する新たなビジネスモデルを定着させた。今も両者が互いに刺激し合って進化し続けている。
 日本でも80年代にトマムや安比高原といった滞在型スキーリゾートが次々と誕生し注目を集めたが、欧米のように長い休暇が取りにくい日本では根付かなかった。コンドミニアムはそこそこ売れても、頻繁に利用してもらわないことにはスキー場経営が成り立たず、いずれも志半ばで挫折した。
「トマムができた当時は、それなりに新しい発想や工夫、夢がこの業界にも入ってきて、それに刺激された老舗スキー場(志賀高原や白馬や蔵王など)も“頑張らなきゃ!”という機運が高まりました。でも、新しいスキー場が失敗した途端、“今まで通りでいいんだ”と安心してしまい、時代から取り残されていったんです」(坂倉さん)
 レジャー白書によれば、最盛期の93年に1860万人もいたスキー人口は、2000年代前半に800万人弱に激減。その後も若者のスキー離れは進んでいる。リフトにしても、90年頃まで日本全体で年間200基ほどが新設もしくは架け替えられていたが、設備投資をする余裕がなくなったこの10年間は毎年10基以下に減っている。リフトの耐用年数はおよそ30年というから、あと10年もすれば相当数のリフトが老朽化して使えなくなるはずだ。近い将来、運営したくてもできなくなるスキー場が続々出てくることだろう。

 日本人の多くは気づいていないが、世界的に見て日本ほどスキー環境に恵まれた国はない。東京から片道3時間以内で行けるスキー場が日本には数十か所はあるが、そんな国は他のどこにもない。パリやロンドンだって、ヨーロッパアルプスまで700〜800キロの移動を伴う。日本のように誰もがスノースポーツを手軽に楽しめるわけではなく、今も限られた人たちの優雅な遊びである。
「世界的にみるとスキー人口は増えているんです。オーストリアのスキー産業は、リーマンショック直後の一昨シーズンに史上最高の売上を記録しています。ヨーロッパから南の島へ行くのに比べれば、スキーバカンスの方が手軽だと、道具やウエアが売れました。ロシアもプーチンが必死になって黒海に面したリゾート地・ソチにオリンピックを招致した。その背景には、ウィンタースポーツを根付かせてオリンピックぐらい開催できることを証明しないと、“先進国として認めてもらえない”という意識があるんです。それなのに、世界有数のスキー環境に恵まれた日本だけが廃れる一方なんてバカげた話ですよ」
 と、坂倉さんは悔しそうにいう。
 ライフスタイルもスキー場の立地環境も違う以上、欧米とは違う日本ならではのビジネスモデルがあるはずだ。次回は日本に適したスキーリゾートとは何かを坂倉さんと一緒に考えてみたい。
(この項、第56話につづく)



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