動く! 楽しむ! コーディネーショントレーニング




 ゲーム感覚で脳をきたえるのは「脳トレ」。では、身体を動かすことを楽しみながら運動神経を養う「コーディネーショントレーニング」をご存知だろうか。
 コーディネーショントレーニングは、1970年代にスポーツを通じて国力を伸ばそうとした旧東ドイツで開発されたもので、「定位能力=動いているものと自分の位置関係を把握する能力」「変換能力=状況の変化に合わせて素早く動きを切り替える能力」「リズム能力=タイミングをつかんでリズミカルに動く能力」「反応能力=合図に素早く反応し適切に対応する能力」「バランス能力=バランスを保ち崩れた態勢を立て直す能力」「連結能力=身体全体をむだなくスムーズに動かす能力」「識別能力=道具やスポーツ用具を操作する能力」の7つからなるコーディネーション能力と呼ばれる神経系を養うトレーニング方法だ。コーディネーション能力に長けた人は、目や耳などの五感で状況を察知し頭で判断、瞬時に筋肉を動かすことができる、すなわち運動神経のいい人ということになる。
 ただし、コーディネーション能力は一般的に10歳から12歳くらいで、ほぼ100%の成熟度を迎えてしまうため、ゴールデンエイジといわれる5歳から12歳までにトレーニングを施す必要がある。

 「M=モラル」「I=インテリジェンス」「P=フィジカル」の3要素を備えた人間を、スポーツを通じて育てたいと、子どもたちへのスポーツ普及を行う「NPO法人MIPスポーツ・プロジェクト」は、2001年の設立当初からコーディネーショントレーニングの効果に注目し取り入れてきた。元ラグビー日本代表チームの主将で、引退後は吉本興業スポーツ事業部でチーフプロデューサーを務めたという異色のセカンドキャリアをもつ事務局長の相沢雅晴さんは、競技団体や大学の有識者、アスリートらとともに取り組んできたコーディネーショントレーニングの特徴をこう話す。
 「コーディネーショントレーニングは出来たか出来なかったかではなく、体験すること自体に意味があるので、プログラムは遊びの要素が多く、楽しんでできるものばかり。楽しければ集中力が増して、普段は人の話を聞かない子がルール説明をよく聞くし、自ら動きを工夫したり、グループの仲間と協力したりします。遊びのなかで運動神経が養われるとともに、人として必要な要素も身につくのがコーディネーショントレーニングの特徴です」
 例えば足ジャンケン。負けたほうが負けた足の形のまま、勝った人の周りを3周する。講師の合図で相対する相手と目の前に置いたボールを奪い合うといったプログラムでは、反応能力やバランス能力がきたえられる。親子で一組になり、子が親の身体をのぼる。親があおむけになり、子が親の身体の上をでんぐり返しするなどは、コーディネーション能力に加え親子のコミュニケーションに一役買う。また、鬼ごっこや大縄跳びといった昔ながらの遊びもコーディネーショントレーニングなのだそうだ。コーディネーショントレーニングとは、特別な道具を使わずしてできる、きわめて身近な運動なのである。

 ならばと、相沢さんに促され手のジャンケンにトライしてみたが、いつものジャンケンとは勝手が違う。勘に頼らず相手の手の動きを見て勝つということなのだが、瞬時に出される手の動きはなかなか見えず、何度か繰り返しているうちに見えたとしても、自分の手が思うように反応しない。そこへきて、今度は負けるようにとミッションを変更されたところ、「勝つ」→「負ける」の切り替えがすぐにはできず、しどろもどろになってしまった。
 いやはや運動神経の鈍さを露呈してしまった格好だが、相沢さんは言う。「ジャンケンなら勝っても負けても、なんていうことはないでしょ。ところが、これが鉄棒の逆上がりや跳び箱になると結果を求められて、出来ない子ども=ダメな子どもというレッテルを貼られてしまう。それで運動ぎらいになる子がたくさんいます」
 MIPは自治体の協力を得て、運動ぎらいの子どもたちを集めたスポーツ教室も開いている。二人組で片足バランスをしたり、数人で連なってトンネルくぐりをしたりというコーディネーショントレーニングを行うと、日頃運動を敬遠している子どもたちでも夢中になって声をあげるという。「身体を動かして遊ぶ楽しさを感じながら、最初は出来なかったことが出来るようになる喜びを感じてくれているようです。運動が苦手だという意識が少しでもなくなってくれればいい」と相沢さんは言う。

 MIPに限らず、コーディネーショントレーニングの重要性は日本のスポーツ界や教育現場においても認められはじめている。このほど日本トップリーグ連携機構で始動した運動プログラム「ボールであそぼう」も、遊びながらボールゲームの基本動作を身につけるコーディネーショントレーニングだし、2011年度から実施される文部科学省の新小学校学習指導要領の低学年体育科でも、「多様な動きを作る運動遊び」のなかで基本動作や基礎体力を習得することが目標とされている。いずれも競技スポーツをはじめる前に、子どもたちが運動の楽しさを味わいながら運動神経を養うのが狙いだ。近年、課題となっている子どもたちの体力向上につながるか、期待したい。

高樹 ミナ(たかぎ みな)

スポーツライター

2000年シドニー大会の現地取材でオリンピックの魅力に開眼。

2004年アテネ大会、2008年北京大会を含む3大会を経て、

2016年オリンピック・パラリンピック招致に招致委員会スタッフとして携わる。
競技だけにとどまらず、教育・文化・レガシー(遺産)などの側面からオリンピックとスポーツの意義や魅力を伝える。

日本文化をこよなく愛し、取材現場にも着物で出没。趣味は三味線と茶道。

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