大学運動部のマネージャー




 『もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』の販売部数が200万部を突破した。読者の中には、プロ野球のほうこそイノベーションが必要だと、今年のプロ野球日本シリーズを見て思った方もいるのではないか。というのも、5時間を超える延長戦の試合内容、特に戦法においては残念であった。両軍とも、ランナーが出塁するやすかさず得点圏に進めようと犠牲バントを試みる。バントだったら高校生でも送れるものを、さすがプロだと感心できる技で送って欲しいくらいだが、何と、バントをことごとく失敗するお粗末。
 『もし高校野球…』の女子マネは、「ノーボール・ノーバント戦法」を採り入れ、チームばかりか高校野球にイノベーションをもたらそうと挑む。たしかに、ボール球に手を出させてボテゴロで打ち取る投球術があらたまれば、打球がよく飛ぶようになり、それをさばこうとする守備の見せ場も増え、野球観戦の魅力は一気に高まるはずだ。

 同じ運動部のマネージャーでも、大学運動部のマネージャーはイノベーションどころではない。
 大学運動部のマネージャーは特に「主務」の名で呼ばれる。主務のサポート役が「副務」だが、かれらの仕事内容は、練習場の確保にはじまり、体育会代表者会議への出席、部費の徴収管理、大会への参加申し込み、大会での開閉会式の運営、合宿や試合等の遠征に関わる手配、部内における各係の統括、同好会、地域クラブ、OB会とのやりとり、部員のスケジュール把握、関係者への礼状送付、顧問や監督のサポート、協会へのメンバー登録……。多岐にわたるクラブの雑用を一手に引き受ける、実に頼りになる縁の下の力持ちなのである。

 しかし、そんな主務の役職を自ら志願する者は、ほとんどいない。とりわけ、体育系の大学、体育系学部をもつ大学の運動部における主務の志願状況はより厳しい。主務とプレーヤーの兼務は至難の業で、体育専攻の学生は躊躇なくプレーヤーの道を選ぶからだ。このためクラブ運営に欠かせない主務は、監督によって任命されるか、部員の互選で選出される。主務就任は当人にとっては「戦力外通告」を言い渡されたも同然で、ショックは大きい。大会への参加申し込みを失念するなど、部の活動に支障をきたす失敗や不手際があれば責められることはあっても、普段の業務を難なくこなしたところで特段感謝されるわけでも、敬意が払われるわけでもない。
 主務には就職活動を行なう余裕もない。
 大学によってはOBが就職の面倒や便宜を図っている所もあるが、たいていは就活に乗り遅れ、残りくじを引かざるを得ない。主務の悲哀を知っている後輩たちにすれば、ますます主務だけは避けたいという気持ちが強くなるのも無理はない。

 受験生獲得と在学生の就活にも影響する大学の知名度は、特に体育系大学の場合には、運動部の活躍がそれに寄与している。運動部の土台を支える主務のなり手がないという事態は、やや大げさに言えば、体育系大学の存亡に関わる危機でもある。全国の体育系大学の就職担当者が集まった会議でも問題にあがったほどだ。
 主務が尊敬される組織風土の形成に努めると共に、就活を支援するような仕組みを全国規模で作れないものか。企業側の立場にたってみても、主務が行なう職務や日頃からの仕事と経験を通して鍛えられたかれらの能力と魅力は、ビジネスの場面でも遺憾なく発揮されると思えるはずだ。
 主務経験者には企業でビジネスキャリアを積み、いずれは競技団体やクラブなどのマネジメントを担ってもらい、「スポーツ立国戦略」においても重要課題として指摘されたスポーツ界のガバナンス向上などにも貢献してほしい。ある体育系大学では高校運動部のマネージャー経験者の推薦入試を始めるようだ。そうした人材が、大学やビジネスの現場で鍛えられ、スポーツ界にイノベーションをもたらす日がやって来ることを期待したい。

嵯峨 寿(さが ひとし)

筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
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