スキー復興を考える(2)




※このコラムは第52話からの続きです

 1992〜93年頃をピークに一気にしぼんでしまった日本のスキー業界。市場の動向を冷静に見極めもせず、ブーム絶頂期にスキー場に適さない山まで開発して供給過剰に陥ったことも衰退の一因だった。
 東京から日帰り圏内のエリアに次々とつくられたコンビニ型スキー場も、ブーム時には新たなファン獲得の手段としてその役割を果たしたが、「雪が降らない」「山がよくない」などスキー場としてのポテンシャルが高くないので、最初の一歩を踏み出す場にはなってもそれ以上の魅力は提供できなかった。
「スノースポーツというのは、多様な自然環境の中で遊び、学習していくことで次第にその魅力にはまっていくものなんです。でも、多くの人がコンビニスキー場で“以上、終わり!”になってしまった。志賀高原や八方尾根や野沢温泉といった古くからある本格スキー場が、新規のファンをもっと奥深いところに導いて行くマーケティングパワーを持っていなかったことが一番の要因でしょうね」
 国内外のスキー事情に精通する(株)エボンの坂倉海彦さんは残念そうに語る。

 マーケティング力の欠如はウエアや用具販売においても深刻である。神田界隈のスキーショップに足を運んでみると、旧態依然とした売り方に愕然とする。スキーコーナーにはスキーが、ブーツコーナーにはブーツがブランドごとにズラッと並べられているだけ。表示されているのは簡単な性能と値段のみで、ブランドごとのスキーの乗り味の違いは何なのか、そのスキーが山でどんな滑りを楽しむのに向いているのかなど、個々の特性をわかりやすく説明したものはない。気に入らなくても返品できない商品を1点数万円の値で買わせようというのに……である。技量に合った商品を自分でチョイスできるレベルでなければ、とても怖くて買えたものではない。もちろん店員に相談する手はあるが、「メーカーからの派遣なのでは?」と思うと自社の商品を勧められそうで気が進まない。用具とウエアとのコーディネートも気になるが、ウエアは別のフロアで売られているので一緒に選ぶことは不可能だ。
 売り場全体も、ラップやヒップホップといったリズミカルな音楽が流れるわけでもなければ、スキーならではの躍動感あふれるディスプレイがあるわけでもない。その魅力や楽しさを伝えるための演出は皆無と言っていい。リッチで優雅な遊びであったはずのスキーが、ひどく時代遅れで貧乏くさいものに感じられ、スキー好きの私ですら楽しい場所とは思えないのだ。

 仮に商品を購入したとして、それを使ってどんなふうに遊べば雪山を満喫できるかという情報や提案もない。とにかく売ってしまえば、ショップの役割は終わり。スキーをよく知る家族や仲間がいない限り、初心者は途方に暮れてしまう。今どき、こんなモノの売り方があるのだろうか。
 頼みの綱のスキー専門誌にしても、新しい遊び方の提案や海外のトレンドを積極的に紹介するのではなく、毎年判で押したように特集で扱うのは「デモ選(スキー技術の高さを競う日本特有の大会)」や技術解説ばかり。これで新たな顧客を獲得できるわけがない。
 近年は、モノとサービス(情報)を一体で売るのが当たり前の時代だ。例えば、米アップル社の携帯音楽プレーヤーの『iPod』は、音楽配信サービスの『iTunes』と一体で提供されているからこそ、その機能や利便性を十分に活用できる。『iPod』だけではヒット商品にはなりえなかっただろう。
 スキーの場合、これにスキーを楽しむための場(=スキー場)も加わる。「モノ・場・サービス(情報)」の一体化――。これこそが今の日本のスキー産業に最も欠けている発想だと思うのだ。

 具体的に言うなら、まずレンタルスキーの改革と充実があるだろう。
「スキー場は、最低限の滑りができるだけの廉価なスキーセットを貸し出して儲けるという発想を捨て、楽しさを十分に味わえるレベルの用具を飛びつきやすい料金で用意し、“また来たい”というファンを育てていくことが大切です。当然それに伴う負担はかかりますが、もっとスノースポーツに愛情を持った経営をしていかないと、スキーの復興は望めません」(坂倉さん)
 レンタル主体では用具メーカーが干上がってしまうと思うかもしれないが、私自身、スキー場で借りたスキーがとても気に入って、後日同じものをショップで買い求めた経験がある。用具メーカーとスキー場が知恵を絞って連携を図れば、互いにメリットが出る施策があるはずだ。
 可能であれば、レンタルにはクロスカントリースキーやスノーシュー(西洋かんじき)といった山歩きを楽しめる用具、ゲレンデもオフピステも堪能できるテレマークスキー、深雪をフワフワと滑れるファットスキーなんかも用意してほしい。雪上遊びの幅が広がって、ブームの頃とは違ったスキーの奥深さも味わえることだろう。
 そのためには、スクールもゲレンデをキレイに滑るための技術を教えるだけでは能がない。雪山での安全管理や遊び方を熟知した“達人”を育て、オフピステでの指導もしてほしい。

 ブーム収束後、日本のスキー業界を襲った“失われた15年”の深手は早々に癒えるものではないが、坂倉さんは希望を込めて次のように語る。
「自然の中で戯れることの楽しさがスキーのよさであり原点なのに、80年代後半のスキーブームがその世界を壊してしまった。今後はスキーの本質を取り戻そうという気概を持った人たちに、都市圏とスキー場の近接性、短期滞在などをキーワードに、日本ならではのスノースポーツ文化の再構築を目指してもらいたいですね」
 スキー場施設の老朽化、スキーヤーの高齢化を考えると、復興に残された時間はもうそれほど長くない。



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