あるときはNFLヘッドコーチ、 あるときは米版“夜廻り先生”





 今年もプロフットボールの王座を争う『スーパーボウル』が、2月7日(日本時間)に米テキサス州アーリントンで行われた。
 1966年に始まったスーパーボウルの第1回、第2回を連覇している古豪グリーンベイ・パッカーズと、スーパーボウルを史上最多の6回も制している強豪ピッツバーグ・スティーラーズによる最終決戦――。鮮やかなパス攻撃で序盤からリードを奪ったパッカーズを、尻上がりに実力を発揮するスティーラーズが猛追する好ゲームとなり、パッカーズが14年ぶり4度目の栄冠に輝いた。

 思えば、今季のNFLプレーオフは“下克上”が大いに盛り上げてくれた。NFC第6シード(最下位)から勝ち上がったパッカーズが、AFC第2シードのスティーラーズを破ったこの試合ももちろんだが、私が最も印象に残ったのはシアトル・シーホークスである。レギュラーシーズンを7勝9敗と負け越しながらライバルの不調に救われ、史上初の“勝率5割に満たないチームの地区優勝”を果たしてプレーオフに進出。その1回戦で昨年のスーパーボウル覇者、ニューオーリンズ・セインツと対戦し、逆転勝ちをおさめる大番狂わせを演じて見せたのだ。

 その陰の立て役者となったのが、今季からシーホークスを率いるヘッドコーチのピート・キャロルである。2001年から昨季まで米大学フットボール界の名門・南カリフォルニア大学(USC)のヘッドコーチを務め、通算で97勝19敗という驚異的な成績を挙げた。全米王座に2度輝き、パック10というリーグでも7年連続優勝に導いた。NFLにもスティーラーズの守備の要、SSトロイ・ポラマルやニューヨーク・ジェッツのQBマーク・サンチェスら多くの教え子を送り込んでいる。
 シーホークスのヘッドコーチへの抜擢はその実績を買われてのことだが、就任当初は懐疑的に見る人も多かった。USCで成功を収める以前、キャロルはNFLで苦杯を嘗めているからだ。アシスタントコーチを17年間経験した後、1994年にニューヨーク・ジェッツのヘッドコーチに就任。しかし成績不振で1年で解雇。97年にはニューイングランド・ペイトリオッツで再びヘッドコーチになるが、こちらも3年で解雇。少年のように情熱的な彼の指導スタイルは、大学では有効でもプロの世界では通用しないといわれた。それだけにシーホークスの快進撃は胸がすく思いがした。

 そんなキャロルのライフワークは「若者たちを指導すること」で、その対象がフィールドの選手だけに限らないことを、私は米テレビ局のCBSが制作した番組を日本向けに編集した『CBSドキュメント』(TBS系)という番組で2年前に知った。
 USCに隣接する地区にはロサンゼルスでも有数の危険なエリアがあるのだが、キャロルはそこにシーズン中はもちろん、オフはもっと頻繁に夜1人で出かけて行き、ギャング抗争で対立する若者たちに「暴力なしで生きること」の大切さを教えているというのだ。選手をこき下ろすのではなく励ましてやる気にさせる彼の指導手腕が、なんとギャング相手にも威力を発揮する。少しずつ心を開き始めた彼らに、悩みや不安があれば「いつでも電話をくれ」と自分のケータイ番号まで紙に書いて渡しているのには驚いた。

 キャロルは私財も投じ、ギャング抗争の解決とケガ人の救急処置を目的にしたプログラムを設立。治安の悪い地域での暴力を阻止しようと、元ギャングメンバー50人が訓練を受けている。さらに彼はこれまで別々に活動していた教育者、政治家、元ギャング、警官らを1つにまとめて暴力に立ち向かう『ベター・ロサンゼルス』という組織もつくり上げた。「そんなヤワなやり方で本当に解決できるのか?」という見方もあったが、この活動を始めてからロサンゼルスの殺人事件は減り、あきらめ気味だった警官たちもやる気になったという。まさに“指導が天職”の人なのだ。

「ミスから学ぶこと。これこそが永遠に勝ち続けるための哲学なんです」
 番組のインタビューでそう語っていたキャロル。明日への希望さえ持ち続けていれば、すべての失敗は今を生きる糧になる。彼自身、そうやってNFLのヘッドコーチに返り咲いたのだ。
 今季プレーオフでの活躍は、そんな彼に対する天からのご褒美だったのかもしれない。シーホークスとキャロルが、これからどんな成長を見せてファンを沸かせてくれるのか。来季は要注目である。


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