軍事技術で競技の魅力を追尾せよ!





 昨年のW杯南ア大会での日本選手の活躍はまだ記憶に新しいところだが、同大会では各チームの戦いぶりをリアルタイムでデータ分析していたのを覚えているだろうか。
 「日本選手が走った距離の合計は90分当たり107.2キロで出場32チーム中9位、ボールを持っていない状況で走った距離は46.9キロで3位。一方、パスの総数は優勝したスペインの約半分で1477本、1試合当たり369本。パス成功率は最下位の60%だった……」
 そんな報道を多くの人がテレビや新聞で目にしたはずだ。日本チームの活躍の裏には豊富な運動量があった半面、パスの精度に欠けていたことがデータで裏付けられ、「やっぱりね」とか「へぇ〜」と分析の面白さを実感した。
 実はこの分析システム、ミサイルを追尾する軍事技術を応用したもので、南ア大会では競技場の高い位置に16台の固定カメラが取り付けてあったという。そのカメラがピッチ上の選手とボール、審判を追いかけ、それぞれの動きを瞬時にデータ化してくれる。データの処理には自動車メーカーとしてもおなじみのスウェーデンの航空・軍事企業サーブの技術が採用されていた。


 ヨーロッパでは3年ほど前から導入が進んでいるというこのシステムが、今季Jリーグにも本格導入された。

 日本でこの事業を手がけるのは、スウェーデンのトラキャプ社と使用許諾契約を結んだデータスタジアム社。野球場に派遣した記録員が「どの投手がどんな球を投げて誰がどこに打ったのか」というデータを一球ずつパソコンに入力して電子スコアブックをつくり、プロ野球チームや報道機関に情報として提供するビジネスでは日本の草分け的な企業だ。

 野球と違ってプレーが完結せずに絶えず流れているサッカーはデータが取りにくく、以前はデータスタジアム社も苦労していた。独自に開発した分析ソフトを使って試合のビデオ映像を1プレーずつ止めながら、選手やボールの位置、プレーの内容、時間を細かく入力していく。収集するデータは2500項目にも上り、作業に慣れたスタッフでも1試合当たり10時間以上かかる重労働だった。それゆえ対戦相手の攻略法を練るスカウティングレポートには有用でも、スピードが求められる観戦者向けの情報には不向きだった。


 ところが、追尾技術を使った「トラッキングシステム」ならピッチ上の情報を、人手をかけることなくリアルタイムで入手できる。最近はハーフタイムに前半の戦いぶりをすぐに分析するテレビ中継が多くなったが、それはこのシステムのサポートのおかげ。ズバリ、テレビ向きなのだ。

 また、このシステムではボールに触れていない選手の動きも記録できるので、ゴール前で相手DFを翻弄するFWの動きや、インテルの長友佑都選手のようにサイドを頻繁に駆け上がって攻撃にからむ動きなど、陰に隠れがちな“汗かき役”の奮闘も浮かび上がってくる。

 興味深いのは、分析会社に委託してデータサービスを提供しているのが、テレビ局ではなくリーグや大会の主催者(南ア大会では国際サッカー連盟、ヨーロッパでは欧州サッカー連盟、日本ではJリーグ)である点だ。テレビ局に放送権を売って収入を得たら「はい、終了!」ではなく、少しでも中継を面白いものにして「もっとサッカーを見たい!」というファンを増やしたい。そうした拡大振興策の一環なのだ。


 サッカーに限った話ではないが、日本のスポーツ中継は観ていて「いかがなものか?」と感じることが少なくない。にわか勉強で実況を担当するアナウンサーに、客観的な試合分析はそっちのけで応援者の1人と化して一喜一憂してしまう解説者……。思わず音声を消したくなることもしばしばだ。

 しかし、分析ステムで得た情報をもとにわかりやすく解説してくれたなら、にわかファンも競技や戦術に対する理解が進み、新たな楽しみ方を発見できるのではないだろうか。もちろん、システムから送られてくる情報は単なるデータに過ぎず、膨大な数字の海からどれを抽出してどう読み解くかは分析者次第。Jリーグやテレビ局はサッカーに詳しいだけでなく、分析のセンスも併せ持つ解説者を育てる必要が出てくるだろう。

 トラッキングシステムの導入で今季のJリーグがどう変わるのか――。日本のスポーツ中継のあり方を考えるうえでも、ぜひ注目していきたい


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