文=嵯峨寿 オリンピックが、他のスポーツの競技会と決定的に異なる点は、まさにその理念にある。平和、心身の調和、努力のうちに見出される喜び、友情、フェアプレー、尊敬、エクセレンス、差別や偏見の排除…。近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタン男爵に由来するこうした諸価値は《オリンピズム》と称される。

  オリンピックを主催する国際オリンピック委員会と共に、学術的かつ教育的見地よりオリンピズムの普及を担う国際組織がある。国際オリンピックアカデミー(International Olympic Academy:IOA)だ。今からちょうど50年前の1961年に創設され、活動の拠点は、ギリシャの首都アテネから西に約200km、ペロポネソス半島西部に位置する古代オリンピック発祥の地・オリンピアにある。2004年のオリンピック・アテネ大会で陸上・砲丸投げの会場となった古代オリンピック競技場遺跡までは徒歩5分、すぐ近くにはクーベルタンの心臓を納めた墓碑がある。オリンピックについて思索するにふさわしい、神聖で静かな環境に囲まれている。

 先頃ここでIOA主催の国際会議が開かれ出席する機会を得た。世界各国・地域のアカデミー(National Olympic Academy:NOA)の理事がヨーロッパ25ヶ国(40人)、アメリカ21ヶ国(23人)、アフリカ18ヶ国(20人)、アジア・オセアニア18ヶ国(19人)から集まった。

 11回目となる今回の会議のテーマは、若者に対してオリンピズムをどうやって伝え、また教育に活かしていくか…いわゆる《オリンピック教育》の方法・技術をめぐるものであった。 
 会議プログラムはテーマに関する7題の講義のほか、各国からの実践報告が27例あり、グループ討論(全8班)では、グループごとに上のテーマに沿った論点を定め、3日間にわたって議論を交わし、結論をまとめ上げる。
 討論の論点をみると、オリンピック教育に対する世界の関心や問題意識のおおよその傾向がうかがえる。
 「若者にオリンピズムを浸透させるために情報テクノロジーをどう活用すべきか?」「オリンピック教育におけるデジタル・メディアの役割とは?」など、現代の若者が日常的に用いるパソコン、携帯端末等の情報メディアの活用法や効果については多くのグループの話題に上った。

 いっぽう、「オリンピックの価値を教育する最善の方法は?」、「オリンピズムに関心を向けさせる鍵となる要因は?」などのように、電子メディアに限らず、教育目的の達成にとってより効果的な方法を広く探ろうとする姿勢もみられた。
 「国家代表選手にオリンピックの理念や価値を伝えるにはどうすればよいか?」といった問いは、ロールモデルとしてのオリンピアンの可能性を含意すると同時に、裏を返せば、オリンピック理念について無理解な選手が少なくない現実を反映している。

 各国が取り組んでいるオリンピックムーブメント、オリンピック教育の実践例には参考になるものが少なからずあった。
 日本で定着している、オリンピアンと一緒にジョギングを楽しむ「オリンピックデーラン」は、今や年間を通じて全国各地で行われているが、そもそも「オリンピックデー」とは、近代オリンピックの開催が決議された6月23日(1894年)をさす。ある国では「オリンピック・バースデー」と呼び換え、オリンピック誕生を盛大に祝う様々なイベントが当日に全国各地で同時一斉に実施されている。一般にもより分かりやすいネーミングである上、イベントの集中的展開がもたらすインパクトはあなどれないと思う。

 過去3度もオリンピックを開催している日本でも、オリンピック元来の理念の普及推進はわがアカデミーにとっても課題である。
 アメリカやカナダ、オランダやニュージーランドといった先進国では、オリンピック委員会の組織の一部署としてアカデミーが位置づく強みを生かし、大学などの研究教育機関と積極的に連携しながら統括的・戦略的推進が図られている。

 日本の場合には、アカデミーとオリンピック委員会とは発足・発展の経緯が異なり、各々独自に最善を尽くしているが、今後はオリンピック教育に関心をもつ関係機関の連携体制構築をうながすリーダーシップが求められるだろう。

嵯峨 寿(さが ひとし)

筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
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