※この原稿は第80話の続きです。
水泳用品と介護用品をつくる東京の下町にある小さなメーカー・フットマーク。同社は「泳ぎが得意な人も得意でない人も、様々なバリエーションを持つフットマークの水着でプールに通い、一生涯に渡って健康づくりに役立ててほしい」という夢を持っていたが、水着市場で最も大きな影響力を持つ競泳分野だけは大手メーカーの開発力に太刀打ちできず、手をこまねいていた。
そんな同社にまたとないチャンスをもたらしてくれたのがトヨタグループの商社・豊田通商だ。09年の世界水泳でジャケッド社が大ブレイクしたのを見て、「競泳はまだ手がけていないが、日本の水着市場でこれだけの販路を持つメーカーがある」とすぐさま売り込み、世界のどこよりも早くジャケッド社とライセンス契約を結ぶことに成功。フットマークは念願の競泳市場への参入を果たすことができた。
商品はイタリア本社から輸入する水着と、ジャケッド社からデザインやコンプレッション(体の締めつけ強度)等の指示を受けてつくる日本製の水着の2種類あり、日本代表クラスのトップスイマーには輸入モノを供給している。従来は日本水泳連盟とオフィシャルサプライヤー契約をしている3社(ミズノ、デサント、アシックス)以外は代表選手に水着を供給することはできなかったが、北京五輪の水着騒動を受けて昨年から「サポートサプライヤー」という新たな枠組が設定され、この契約でも代表選手に水着と水泳帽を供給することが可能になった。フットマークは「ジャケッド・エリート・チーム」の日本選手第1号として、今春東海大学を卒業したばかりの金藤理絵選手(平泳ぎ)を迎えたのである。
さて、そこで気になるのが最新水着の性能だ。2年前の世界水泳では、低抵抗の薄いポリウレタン素材と強いコンプレッション(締めつけ)を武器に他のメーカーを凌駕したジャケッドの水着だが、今回の水着はどうなのか?
「素材自体の開発はかなり規制されてしまったので、今は選手が水の中で筋肉をどう動かして速く泳ぐのか。それをサポートすると同時に、筋肉の動きを活性化するような構造を持った水着の開発が進んでいます。“ストリームラインが取りやすい”とか“キックが打ちやすい”というだけでなく、“クロールのときにここの筋肉の動きを促進させる”といったレベルまで追求してモノづくりをしています」
と、ジャケッドプロモーションチームの小林智也さんは言う。水泳の素人には少々難解なのだが、人間工学的な面からアプローチしようということらしい。水着自体に工夫が凝らせないなら、人間の体の動きを変えることで速く泳がせようというわけか。
レーザー・レーサーの登場以来、体の凹凸を小さくして体積を圧縮すれば流水抵抗が減らせると、着用時に強烈な力で体を締めつける水着が主流となっていたが、素材が織物と限定されたことで締めつけの強弱によるタイム差はあまりなくなっている。だったら窮屈な思いをせずに体を動かせた方がいいという選手も増えており、今のトレンドは“締めるべきところは締めてそれ以外は必要以上に締めつけない”という方向に変化した。
「とはいえ、今回の世界水泳で締めつけの強い水着を着た選手たちが新記録を連発すれば、選手の評価も“やっぱり締めつけが強い方がいいんだ”と変わります。今後の開発がどういう方向に進むかは結果次第ですね」(小林さん)
各メーカーは今回の世界水泳の結果を受けてロンドン五輪に向けた開発を進めたいところだが、実はその開発はすでに終わっている。国際水泳連盟(FINA)が決めた新たなルールで、選手が着用する水着は前年の7月1日までにFINAに申請し、合格したら五輪の半年前までに誰もが購入できるように生産し一般市場で販売しなければならない、と定められたのだ。
「ロンドン五輪で着用するモデルは今回とはまったく違うモノ。水着の評価はまた1からのスタートになるでしょうね。他社と同じことしかできないと単に競争するだけになってしまうので、この環境の中でウチらしさを出しながらいかに競泳水着メーカーとしてのポジションを築けるか。そこが一番の課題です」
と、語る小林さん。ジャケッドにとってもフットマークにとっても、来年のロンドンは競泳水着メーカーとして迎える初めての五輪。その成果は今後の動向を占う試金石になる。
開発競争に厳しい規制が入って初めての五輪となるロンドンは、メーカーにとっては本番に向けた改良や修正ができない一発勝負の戦いになる。その一方で、選手たちは4年に1度の檜舞台に着る水着をあれこれと試し、(メーカーとの契約に縛られない限り)自分に合う速い1着を選べる大会となった。このことが、今後の水着開発にどんな影響を及ぼすのか――。24日から始まる世界水泳でその動向をチェックしたい。
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