「スポーツ施設を震災支援用途に明け渡したことを後悔している…」
東日本大震災から3ヶ月後の6月、宮城県内の被災地を訪れた。その際、現地を案内して下さった地元の大学の先生が思わず口にした言葉である。
マスコミの報道等でもお気づきのように、体育館は避難所となり、グラウンドには仮設住宅が建ち並び、自衛隊の宿営地になった野球場、遺体安置所に使われたプールもある。
そもそも、学校のグランドや近隣公園などは、災害時の避難場所に指定されている。そうした施設は比較的安全なところに設置され、大人数を受け容れられる広さがあるので、緊急時にそうした活用がなされるのは当然であるかも知れない。
ところが、避難所や仮設住宅での生活が今回のように長引くとどうだろうか。 狭い場所で同じ体勢でいると血流が滞り、それが血栓となって脳や心臓の細い血管をふさぎ、いわゆる脳梗塞、心筋梗塞を引き起こす。海外遠征などでスポーツ選手が飛行機の中で発症したというので話題に上ったエコノミークラス症候群は、避難所生活を送る高齢者を中心に深刻な問題になっている。 また、生活が落ち着いてくると、子どもや若者たちはスポーツをしたくなるらしいが、そのための場である専用施設が上にあげたような他の用途に使われ、思うようにスポーツができない。冒頭の先生は、常日頃からスポーツの本来的価値を訴えてきた自分が、体育館やグラウンドを、役場の出張所やボランティアセンターなどに明け渡し、スポーツのための場を死守できなかったことを恥じておられた。
被災地視察を通して考えてみた。私たちは、体育館、グラウンド、プール、野球場、陸上競技場、サッカー場…等々、これらの施設をまとめて「運動施設」と総称する。また、「スポーツ施設」と呼ぶときもある。このように、一般的に、運動施設もスポーツ施設もおよそ同じ意味で、特段区別はしていない。では、少しさかのぼって「運動」と「スポーツ」も同じかとなると、それには重なる部分はあるとしても本質的な違いがあるように、運動施設とスポーツ施設もその意味を区別して理解すべきだと強く思うようになった。 運動(エクササイズ)は――仲間と一緒だとその楽しさが倍増するとしても――基本的にはひとりで行うことができる。これに対してスポーツは、相手との競い合いを含意しており、人との関係、接触を必然的に伴う。運動はそれをしなくては身体の健康に支障をきたすが、スポーツはあえて健康を犠牲にしてまで生きがいとして取り組まれることがある…
運動とスポーツの違いをここで長々と論ずるつもりはないが、少しの違いを了解するだけで、スポーツ施設と呼ばれる場所には、単に運動ができるスペースと設備があれば十分というわけではなく、ルールに則った規格・仕様の空間と、交流を楽しみ、親睦を促進する施設・サービスが欠かせないとの発想に至るだろう。
今回の大震災を契機に、被災地のみならず全国の各自治体では、防災対策はもちろんのこと、長期の避難生活を想定した施設整備や都市計画の検討、見直しが求められよう。その際、地域における運動・スポーツ用の既存・新設の施設整備については、今後、運動施設とスポーツ施設の区別を明確にした上で、設備や機能、運営体制等の整備指針を定めてはどうだろうか。
運動施設と定めるところには徹底して長期避難生活に応じられる設備と機能を完備し、健康運動やレクリエーションの指導員を派遣できる体制を整える。(各競技種目の指導に長けたスポーツ指導員が、狭い場所での遊びや健康運動の処方に必ずしも応じ切れたわけではなかった)。
一方、避難生活後の住民の欲求変化をあらかじめ見据え、スポーツ施設はあくまで楽しみや生きがいのために現状を維持するものと定め、緊急時にはさすがにスポーツ活動そのものは無理であるとしても、地域住民のクオリティ・ライフに寄与する交流・娯楽の拠点であるよう確保したい。
スポーツが出来ないことが被災者だけでなく非・被災者にとってもストレスとなり、地域全体の活力ダウンにつながるとなれば、復興にとってマイナスである。避難生活対応型・運動施設と娯楽交流型・スポーツ施設の数量や比率は、地域の人口や居住地帯などに応じて算定し、都市計画に盛り込むようできれば理想的だ。
今回の震災により、この日本においてスポーツはどう捉えられているのか、スポーツに対する人々の価値観が、スポーツ施設と一般に呼ばれている場所の使われ方に図らずも表われたかにみえる。その一方で、あらためてスポーツの大切さが浮き彫りにもなった。 今後「スポーツ施設」を新設する際、その設備やサービスの構成、外観などのデザインから、なるほどスポーツとはそういうものなのかと意味が直感できるような建物が出来るようだと面白い。スポーツ施設もまた、スポーツとは何かを語る雄弁なメディアなのである。
嵯峨 寿(さが ひとし)
筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
|
|
|