第87話 国益に寄与するスポンサー活動

 陸上100mの世界記録をもつボルトがまさかの失格で姿を消した世界陸上2011。開催地である大邱(テグ)は、韓国が世界に誇るサムスン社が産声を上げた地としても知られる。競技場内に掲げられたSAMSUNGの看板は、同社が大会スポンサーであることを語っている。
 サムスン社の主力製品といえば、日本では最近になって同社の携帯電話が出回るようになったが、このほかに半導体や液晶パネル、家庭用電化製品がある。半導体や液晶はパーツであるため、同社の商標が露出することはない。家電にしても、日本国内では国産品支持が根強く、サムスン製を目にする機会はほとんどなかったが、ここ最近、同社スマートフォンの評判が上々とあって名前が広まりつつある。

 視線を国内から世界へ転じてみると、サムスン社は日本のライバル企業を凌ぎ、年間10兆円以上を稼いでいる。海外では、日本の家電量販店では全く見かけない同社テレビが、他の韓国ブランドと共に売り場の特等席を占めている。薄型テレビの同社の世界シェア23%はソニーの約2倍、パナソニックの3倍に相当するというのもうなずける。
 韓国大手自動車メーカーの日本進出はうまくいかず10年足らずで撤退したが、サムスンの場合、スマホの好評が、テレビをはじめとする家電人気につながる可能性も考えられなくはない。

 ところでサムスンの勢いは、スポーツ分野へのスポンサー活動とも同調している。
 スポンサー効果が業績向上をもたしているのか、あるいは、好調な売り上げがスポーツに還元する余裕を生んでいるのか……因果関係は定かでないがオリンピックについてみると、88年ソウルオリンピックの大会スポンサーを皮切りに、97年以降は国際オリンピック委員会の最高位スポンサー(無線通信部門トップパートナー)の座を維持している。
 ユースオリンピック、パラリンピック冬季大会、アジア競技大会、アジアサッカー連盟、アフリカサッカー連盟など全25件におよぶ2010年のスポンサー活動は世界4大陸にまたがり、海外進出件数は8割に達している。
 一般的に、スポンサー活動に積極的な企業の狙いとして、製品、ブランド、企業の知名度ないしイメージの向上、社員の誇りや愛社精神の醸成、取引先や顧客との絆づくり、販売促進などがあると言われる。サムスンの場合には、韓国という国に対し世界の人々が抱くイメージ革新という点も重要な関心事になっているのではないか。

 かつて、自動車やカメラなど日本の工業製品が“made in Japan”への信頼を生み、ひいては日本ないし日本人そのものの国際的評価を高めたように、サムスン社も同様、製品の品質評価を通じて自社ブランドはもちろん、韓国自体への好評価に寄与していよう。
 そして、サムスン社の場合にはそれに加え、オリンピックなどの国際大会をスポンサードすると同時に、大会で韓国選手が活躍するよう選手個人と契約を交わし、かれらが属するチームや国内競技団体のスポンサーにもなっている。97年から支援を続ける韓国スケート界が近年、国際舞台で躍進を見せているのが成功例といえよう。
 競技会での韓国選手の成績や戦いぶりは、世界中の観客・視聴者の韓国イメージに少なからず影響する。もし韓国に好印象を抱いてもらえるようであれば、“made in Korea”ブランドに対する価値評価にも好影響が期待できると考えても不思議ではない。ソウルオリンピック当時、製靴工場が集積する韓国では、スニーカーブームに乗じて海賊品が出回るなど、made in Koreaのイメージを損ねることもあった。

 国家イメージの向上という点でいかに韓国政府がサムスンに頼っているかを象徴的に語る出来事がある。同社の第二代会長・李健熙氏(1942- )の特赦である。
 李氏は脱税・背任の罪で08年に会長職を辞した。しかし、2018年冬季オリンピックの平昌(ピョンチャン)招致に懸命な韓国政府は、96年よりIOC委員を務める李氏の力が必要であると09年に赦免。招致活動では、サムスンの海外拠点が、投票権を持つ各国IOC委員に対し支持を訴えて回ったとの話もある。

 一種の国益ともいえる国家イメージを意識する韓国には、政府とサムスンのような財閥系大企業が手を携え、国際大会ならびに代表選手や競技団体を支える構図がみられる。強力な支えを持つ韓国スポーツ界は、今後どういう形でその歪が現れるかはともあれ、国際舞台でさらなる存在感を発揮し、好成績が望める体制が敷かれていると言えるだろう。

嵯峨 寿(さが ひとし)

筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
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