第89話 仲間と絆を結ぶ障害物レースのニューウェーブ

 全米で話題の新しい障害物レース「TOUGH MUDDER」(http://toughmudder.com/)をご存じだろうか。
 その名の通り、コースがタフで泥んこになること必至の障害物レースである。ニュージャージーで行われた第3回大会の様子を、私は昨年暮れに『ニューヨークウェーブ』(NHK-BS)という番組で初めて見たのだが、モトクロス用トラックや水上スキー用貯水池があるカーレース場を使って、全長20kmのコースに20の障害物を配置。1つ1つの障害物が非常にユニークで、参加者たちに試練を与えようと様々な工夫が凝らされていた。

 たとえば、いろんなサイズの廃タイヤを隙間なく50mに渡って敷き詰めた中を一歩ずつ乗り越えて行く障害物では心肺機能が試されるという。貯水池の上に設置された“うんてい”にぶら下がって前に進む障害物では握力や上半身の力が求められ、高さ2.5mの壁の障害物では体力だけでなく参加者たちの助け合う力(乗り越えるために上の人は手をさしのべ、下の人は足を支える)が、微弱な電気が流れるコードがぶら下がった“森”の中を走り抜ける電気クラゲでは勇気が試される。そのほかにも、冷たい池に飛び込んだり火の中を走ったりとチャレンジ精神が満載だ。

 大会のモットーは、(1)タイムより友情とチームワークを大切に! (2)仲間を助け、みんなで完走! (3)恐怖心に負けない! の3つ。タフなコース設定になっているのは達成感を得るためで、順位もタイムも計測せず、参加者たちは障害物を迂回するのも自由。仲間と一緒に参加してみんなで楽しさや達成感を分かち合えるのがミソである。

 ちなみに、第3回大会の参加者は520チームで総勢6500人。20分おきに500人ずつがスタートし、3〜4時間かけて完走を目指した(約8割が完走)。主催者によると、多くの人が「またレースに参加したくなる」のだそうだ。

 2010年5月にアメリカで産声を上げたばかりのこのレースを企画したのは、イギリス育ちで高校時代から友人同士のウィル・ディーンとガイ・リビングストンの2人。ディーンがハーバードビジネススクールに通っていた3年ほど前、高額な参加費を払ってマラソンやトライアスロンのレースに参加する人が増えていること、参加者のほとんどが順位や記録より達成感が大事だと考えていることを知り、誰もが参加できる順位やタイムをつけない障害物レースを企画しようと思いついた。

 これに共感したのが元弁護士のリビングストンで、2人で100万円ずつ出資して会社を立ち上げた。さっそくホームページをつくって宣伝を始めたところ、参加費が約1万円とマラソンなどに比べると割高にもかかわらず、1か月ほどで定員の4500人に達してしまったという。

 思い思いのコスチュームでレースを盛り上げる参加者もいるが、みなスタート直後から泥んこと格闘する、まさにドロドロのレース。だが、その楽しさと熱気は映像を見ているだけでも伝わってくる。まるで、子供の頃の泥んこ遊びをやっているみたいだ。私も番組を見てすぐに参加してみたくなった。

 同様に感じた人たちがフェイスブックやツイッターなどのソーシャルメディアを使ってどんどん発信し、その人気は口コミ的に広がっている。大会の参加者数は1回目が4500人だったのに対して3回目で早くも6500人に膨らんだ。大会数も初年度の2010年が全3レースだったのに対して、2年目の今年は全米各地で全14レースを開催。来年はオーストラリア(メルボルン、シドニー)、イギリス(ロンドン、マンチェスター)、カナダ(バンクーバー、トロント、モントリオール)、そして日本(東京)にも進出して全42レースを開催する予定になっている。

 「TOUGH MUDDER」の発想の原点になったマラソンやトライアスロンは、近年、日本でも大会数や参加者数が急増している。自分自身と葛藤しながら何らかの達成感を求めるスポーツは、文化的に成熟した国の人々に好まれる傾向があるようだ。

 しかも、「TOUGH MUDDER」はマラソンやトライアスロンと違って1人ではなくチームで参加する大会なので、レースを通じて仲間と絆を結ぶことができる。インターネットによるバーチャルなコミュニケーションが日常となった今日、多くの人々がこうしたリアルな人間関係を求めているのではないだろうか。

 本格的なアドベンチャーレースに出場するほど体力や運動神経に自信がないけれど、仲間と一緒にお遊び感覚で参加できるレースなら挑戦してみたい――そんな需要は意外と多いはず。来年、東京に大会がやってきたのなら、私も仲間を募って絶対参加してみたいと思っている。


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