10月といえば、東京オリンピック(1964年)。すでに47年が経過しているが、10月10日、快晴の下で行われた開会式のパレードのようすが思い起こされる。アジア初開催となったオリンピックであったが、実は、世界初のオリンピック・ムーブメントも展開された。それはオリンピック教育である。
欧米では、オリンピックを教育的な教材として扱い、テキストや副読本を作成する例が多い。ドイツやアメリカ、カナダでは、国内オリンピック委員会が子ども用のテキストを作成して、学校によってはそれを授業として取り入れている。オリンピックの歴史や理念をパズルやクイズなどを通してわかりやすく説明し、そこから環境問題や平和問題にも発展していけるように工夫されている。これらの内容がオリンピック教育と呼ばれているもので、欧米では1970年代より始められたのだが、実は日本ではそれより10年も早く行われたのであった。
例えば、東京都千代田区では、オリンピック学習委員会を設け、区内の小・中学校でオリンピック学習を実施した。“オリンピック学習の手引き”という副題のついた「オリンピックと学校」(1964年5月)を発行し、次の目標を示した。
1. 国際理解につとめるとともに、国際親善に尽くす心情を養い、もって世界平和に貢献する素地をつちかう。
2. 人間尊重の理念や態度をつちかい、あわせて日本人としての自覚と誇りとを身につけさせる。
3. オリンピックの起源・意義等を理解し、オリンピック精神の啓発につとめる。
4. 運動・競技に対する興味や関心を高めるとともに、すすんでこれに参加する態度を養う。
今日でも立派に通用する目標であろう。小学校で具体的に行われた内容は、次のようなものであった。
社会科4年:「交通のむかしと今」では、鉄道の電化、東海道新幹線などがいずれもオリンピックを目ざして、着々と準備されていることに気づく。
社会科6年:「世界の平和についての学習」では、オリンピック精神について調べ、平和への努力と平和への願いは人類の願いであることを理解する。
体育高学年:オリンピック種目と関連させて器械運動、陸上運動、ボール運動、水泳などを学習する。リズム運動では開会式(入場行進、聖火入場、点火、わきあがる歓呼)や種々の競技(スタート、演技、決勝、表彰、国旗の掲揚)、オリンピックに伴う工事(起重機の動き、ロードローラーの動き)を表現する。オリンピックの歴史、織田選手、西田選手と大江選手などについて学ぶ。
道徳低学年:外国人に親しみの情を持つ。外国の選手に対しても心から応援できる。 外国の子どもと仲よくすることができる。
このほか生活指導として、身近な緑化運動や花いっぱい運動に協力する、毎月10日の“首都美化デー”に参加する、などが示されている。
中学校の英語では、聖火リレーについての英文を学習し、聖火リレーの歴史、順路の地名や国名を学習するようになっている。また英語での挨拶、道案内の仕方なども教えられていた。
学校のみならず、社会教育の場でもオリンピック教育が展開された。青年・成人・婦人の講座、社会教育施設の行う事業などの場で、オリンピックの理解と国際理解を盛り込んだ社会教育活動がすすめられた。競技会やオリンピック・ムーブメントについて紹介したフィルムが各県のライブラリーに配置され、それらを使用して、講義やディスカッション、共同研究や展示などが行われた。
これらにより、オリンピックへの関心を高め、理解を深めるとともに、多くの外国人客を受け入れるための態度や知識を身につけることにもなった。
実は筆者も都内の小学校で、この教育を受けた一人である。休み時間にオリンピックごっこで遊び、登下校の際に、友人とゴミ拾いをして東京をきれいにしようとしたことを覚えている。授業で、織田幹雄選手や友情のメダルなどについて教えられた。オリンピックとは、教育運動そのものなのである。こうしたオリンピックの遺産も伝えられなければならない。
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