第93話 “シェア”がもたらすスポーツの価値とは?

2011/10/14

 「これまでも企業の社会的責任(CSR)として寄付活動はいろいろ行ってきたのですが、お金を寄付して終わってしまうのはちょっとつまらない。共感するNPOなどの団体と一緒に1〜2年ほど汗を流し、私たちのお客さんにその活動を紹介して応援の輪を広げていきたい。そのプラットフォームが『Share with FIAT』なんです」
 イタリアの個性的な自動車メーカーとして知られるフィアットは、『Share with FIAT』をテーマに社会貢献活動を展開している。このプロジェクトの発案者で活動の司令塔でもあるカントリーマネージャーのティツィアナ・アランプレセさんは、この活動を始めた経緯についてそう説明した。

 『Share with FIAT』は、「この想い。つながる、ひろがる」を合言葉に世界中で活動しているNPOなどの非営利団体と協力関係を築き、販売収益の一部を寄付すると同時に、各団体の特性を活かした共同イベントを開催することで、一般からの支援者も拡大していこうというものだ。活動をスタートしたのは大震災前の今年1月。ティツィアナさんによれば、ツインエアというエコとパワーを両立した画期的なエンジンが開発されたのがきっかけだった。ツインエアは同社の人気車種『フィアット500』に搭載されたが、クルマのデザインが変わらないので見た目には何の変化もない。そこで、エンジン(=ハート)の進化をアピールするため、ハートのコミュニケーションを軸にしたキャンペーンを展開しようと思いついた。「ハートのコミュニケーションって何?」と自問自答し、行き着いた答えが“シェア”だった。
 現在、開発途上国に学校や図書館を設立し、子どもたちに教育の機会を提供しようと力を注ぐ『ルーム・トゥ・リード』、肥満に悩む先進国の人と飢餓に苦しむ開発途上国の子どもたちが、時間と空間を越えて食事を分かち合うことで食の不均衡を解消する『TABLE FOR TWO』、紛争や災害、貧困などの脅威にさらされている世界各地の人々に支援活動を行う『ピース・ウインズ・ジャパン』など、ジャンルの異なる5団体をサポートしている。このコラムで何回か取り上げているブラインドサッカーも、この枠組の中で支援を受けている団体の1つだ。

「素晴らしい活動をしているNPOはたくさんありますが、そのすべてを私たちが支援することはできません。ブランドイメージと関わりの深い教育、食、スポーツ、女性といったジャンルからフィアットのDNAにより近い団体を選んでいます。スポーツではなぜブラインドサッカーかというと、障害を持ちながらスポーツをしている人は本当に頑張っているし、本当にスポーツが好きな人だと思うからです。車いすバスケットボールなども素晴らしい競技だと思いますが、フィアットはサッカーが盛んなイタリアのブランド。だからブラインドサッカーを支援することにしました。この活動で私たちが一番大切にしているのは、シェアすることがもっと楽しいことにつながるというスピリットなんです」
 と、ティツィアナさんは言う。

 9月16日には支援している団体が一堂に会する『Share with FIAT 2011 この想い。つながる、広がる。』というイベントも開催。ウェブサイトで一般参加者を募集したところ、ボランティア活動に強い関心を持つ若い人たちを中心に定員の500人が瞬く間に集まった。
 元マイクロソフト社のエグゼクティブで『ルーム・トゥ・リード』の創設者でもあるジョン・ウッド氏の基調講演やパネルディスカッション、『ピース・ウインズ・ジャパン』による東日本大震災の被災地支援報告、大船渡商工会議所女性会のメンバーによる和太鼓演奏で大いに盛り上がった。
 私自身、「シェアは心のためにいいもの。寄付することで自分自身が幸せになる。日本人は身近なコミュニティのためには奉仕をするが、見知らぬ人のためのボランティアはあまりしない。大震災を機にもっと大きなヴィジョンにチェンジしていくことが大切だ」というパネリストの言葉は心にしみた。

 ティツィアナさんの話や彼女が手がけるプロジェクトに一貫して流れるのは「シェアは楽しいもの」という考え方である。日本の企業が行うCSR活動は得てして宣伝臭が漂いがちだが、“楽しさ”をキーワードに発想を自由に広げていけばCSR活動がもっと身近なものに感じられ、その輪に参加したいという一般の人も増えるのではないだろうか。
「フィアットも営利企業ですので、当然ながらCSR活動はブランドイメージ向上のためにやっています。でも、活動する以上は楽しくやることが大事。そもそも私たちの看板商品『フィアット500』は個性的で面白いクルマなので、“生活の足”として売るのではなく“クルマを所有することで生まれる歓びやライフスタイル”を売っている。クリエイティブで楽しいことはマストな要素なんです。この活動を通じて人と人がつながって、もっと大きな輪になっていくことを願っています」

 こうした輪の中でブラインドサッカーは、様々な社会活動をグローバルに展開する団体と接点を持つことで刺激を受け、これまでとは違う新しい発想や価値観をスポーツ界に注入できるのではないか。スポーツが持つリソースを使って、社会に何らかの価値を還元するような活動もできるかもしれない。
 3.11大震災を経験してしまった今、スポーツ界も周囲のサポートに対して競技の結果だけではないプラスαの価値を、社会と共にシェアするという意識を持つことが求められているのではないだろうか。


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