11月4日、ついにTBSが横浜ベイスターズの売却を発表した。買収したのは3200万人の会員を有するゲームサイト「モバゲー」を運営するDeNA。ここ数年噂されていた身売り話がようやく進展し、先の見えない球団経営にほんの少し明るい兆しが見えてきた。
思えば横浜ファンにとって、この1年は本当にツライ日々だった。昨年の住生活グループとの破談以来、一日も早く売り払いたいと願う親会社に球団は所有されてきた。コスト削減のためか、万年最下位でもクビにならない監督、スター選手の流出、一向に弱点が補強されない戦力、親会社がテレビ局だというのに放映もしてもらえない試合……という負のスパイラルを目の当たりにし、絶望的な気分になっていた。「どんな企業でもいいから早くベイスターズを買ってくれ!」と心の中で叫んでいたファンは私一人でないはずだ。
今回の球団買収で、DeNAが取得にかかる費用の総額は日本野球機構(NPB)への預かり保証金なども含めて約95億円に上るという。2002年にマルハからTBSが球団を譲り受けたときの取得総額が約140億円だったから、TBSが所有した10年間で球団の価値は45億円も目減りしたことになる。
横浜に限らず、近年のプロ野球の価値低下は著しいものがある。かつてドル箱だった巨人戦のテレビ中継は魅力的なコンテンツではなくなり、今年はセ・パ両リーグのプレーオフも地上波では放映されなかった。テレビ放映権料の減少は、球団経営を圧迫している大きな要因だ。
しかし、「本業との相乗効果が薄れた」というTBSの売却理由は少々説得力に欠ける。親会社がマルハの時代はテレビ神奈川(TVK)が毎日のようにベイスターズナイターを放映してくれたが、TBSに譲渡されるとTVKの中継はなくなり、BSーTBSでたまに放映される程度になった。局をあげてチームを応援しようという情熱はまったく感じられず、「TBSはなぜ球団を買ったんだろう?」と不思議で仕方なかった。
親会社から球団への赤字補填額が毎年20億円以上に上るといわれているが、これもマルハ時代はそこまでひどくなかったはずだ。チーム名を『横浜大洋ホエールズ』から『横浜ベイスターズ』に変えた際、マルハの広報に「企業名を取ってしまったら親会社が広告宣伝費の名目で赤字補填するのが難しくなるのでは?」と聞いたところ、「セ・リーグのほとんどの球団は赤字補填の必要がないので関係ないんです」との答えが返ってきた。まだ野球が茶の間の娯楽として輝きを放っていた時代とはいえ、親会社の助けを借りずに経営できたのだ。その点でも、TBSは球団の価値を大きく減衰させたと言えるだろう。
今回TBSから球団を買ったDeNAは、ブランド価値や社会的信用力を上げるためにプロ野球に参入したという。「今どきそんな理由で球団を買うのか?」と思ったが、報道の過熱ぶりを見ているとプロ野球にはまだ相当な影響力があることを実感した。
チーム名にもこれまでと違って企業名が入り、『横浜DeNAベイスターズ』になる。せっかく企業名を外して地域に根ざそうと努力してきたのにこれでは時代に逆行する。ファンとしてあまり愉快ではないが、新興ネット企業が手っ取り早く名を売る手段としては効果絶大。年配のプロ野球ファンにも“DeNA”や“モバゲー”の名は頭に刷り込まれたのではないだろうか。
プロ野球について考えるときいつも思うのだが、日本のプロ野球は本当に“プロ”なんだろうか。選手は野球をすることで主たる収入を得ているからプロといえばそうなのだが、企業の広告宣伝に利用されている点では、実業団チームと大して変わらない。違うのは、選手の収入と引退後の保障があるかないかぐらいのものである。独立採算で球団が健全経営されているならまだしも、大幅な赤字を毎年垂れ流してもフロントはクビにならず、親会社から臆面もなく巨額の補填を受けている。経営面では完全なド素人だ。
この風土を変えない限り、日本のプロ野球は企業の宣伝部隊の域を出ず、真のプロにはなりえないのではないか。所有する親会社が変わるたびにチーム名が変わり、チーム文化が変わり、地元ファンとの関係性が変わる。
DeNAの参入に際して球団の長期保有を危ぶむ声もあるが、すべての球団が選手年俸の高騰や人気低下による放映権収入の減少など、赤字体質の根底にある多くの問題と向き合って1つ1つ対処しないことには長期保有は難しい。
本拠地を置く自治体の協力も不可欠だ。横浜が年間20億円もの赤字に陥った背景には、横浜スタジアム(横浜市の第3セクターが運営)との契約問題もある。使用料として入場料収入の25%を取られるうえ、広告看板や飲食・グッズ販売の収入は一切球団に入らない。これでは球団経営にうま味はなく、営業意欲も低下しようというものだ。
今は福岡ソフトバンクホークスの取締役として経営に腕をふるう東大卒の元ロッテ投手の小林至さんに、かつてこんな話を聞いたことがある。
「30球団もある大リーグがなぜ共存できているかと言えば、基本的に“税金ビジネス”だからです。その最たるものの1つが球場。80年代以降に建てられた球場は、そこを本拠地とする球団の意向に沿ってつくられていますが、建設費の70%は自治体持ちです。所有者は自治体で球団はリース契約しているだけ。でも、完成後は球団が独占的に使用でき、広告看板や売店のテナント料、駐車場代などの収入も球団に入ります。税金でつくった球場を好きなように使ってビジネスできるうえ、固定資産税を払わなくても済むんですから、すごく優遇されたビジネスなんですよ」
もし自治体が古くなった球場の建て替えを拒否しようものなら、「よそにフランチャイズを移しますよ」と球団は脅しをかけてくる。都市間競争の激しいアメリカでは、街にプロチームがあるのは1つのステイタス。球団がもたらす経済効果とも相まって、何としても引き留めたい自治体側は少々無理な要求でも飲まざるを得ないのが実情だ。
自治体が所有する球場を使うのは同じでも、プロ興行となった途端に球場使用料が跳ね上がる日本とは雲泥の差。この点も今後は改善が必要だろう。
DeNAの春田真会長によれば、「ワクワクするような都市型で地域密着の球団をつくり、来季の開幕戦はスタジアムを満員にしたい」という。球場との契約も見直して、3年間で黒字化を目指す予定だ。
ケータイゲームに馴染みのない世代にとって海のものとも山のものともつかぬ企業ではあるが、やる気のない親会社に所有され続けるよりはマシ。来春のシーズンインまでに負けグセのついた球団の体質をどこまで改善できるか、まずはお手並み拝見といきたい。
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