第99話 クラブ文化の表象

2011/11/25

 スポーツクラブ。その呼び名は国や文化によって異なるが、スポーツライフの場を提供するスポーツクラブは、それ相応のクラブハウスを持っている。
 運動前後の社交、親睦にも意味を求めるクラブのメンバーにとって、クラブハウスは運動場と同じか、もしくはそれ以上に重要な空間だ。ロッカールームやシャワーが完備されているのはごく当たり前であるし、カフェ、レストラン、バーなど、メンバーどうしが親交を深め、親善試合などでクラブを訪れる人たちを歓待する施設環境が充実している。しかし伝統あるクラブのクラブハウスには、何より感心させられるものが他に存在する。

 クラブの歴史や足跡がうかがえる写真、名誉と栄光を誇るトロフィーやカップ、他クラブとの交流や遠征試合を記念したペナント、偉大な選手の功績をたたえるパネル、クラブの精神的支柱となっているモットーなど。
 クラブの長老は、壁にかけられたセピア調の写真を指しながら、選手として鳴らしていた時代の思い出を突然の訪問者相手に飽くことなく静かに語ってくれる。深いシワに時々のぞく表情に、クラブの伝統、それに対する愛着や誇りが感じられる。新メンバーは、クラブの歴史や伝統を知ることで、それに連なる自己の責任に背筋が伸びるであろうし、クラブを代表して大きな試合に臨む選手であれば、クラブの名誉に恥じない戦いを心に誓わざるを得ない。クラブハウスにはそうした空気が漂っているのだ。

 日本でクラブ文化はどういう状況にあるのか?

 鎖国が解かれた明治期、外国人教師らが日本にスポーツを伝えるようになり、大正元年(1912)には初めてオリンピックに選手を送り出した。以来、国際競技力は序々に向上し、メダル争いに絡む力を持った競技は決して少なくはないほうだろう。それに対し、日々のスポーツライフを取り巻く環境のほうは、どれほど文化的であろうか。
 クラブハウスは、文化度を測るバロメータだと思うのだが、更衣室兼用具置場といった代物の学校運動部の「部室」には、それは見る影もない。では文部科学省が推進する「総合型スポーツクラブ」の場合はどうだろうか。民間のフィットネスクラブやゴルフ場のクラブハウスとて、飲食やアメニティ関係の設備はそこそこあっても、歴史や伝統を直感できる空間となると、一部のクラブを除きないと言ってもいいだろう。

 ところで、地域密着を理念に掲げるサッカーJリーグの各クラブは、ファンや地域住民との交流拠点ともなるクラブハウスを構えている。クラブのどんな歴史・伝統に価値を見出しているか、いかなる言葉、先人、写真、逸話、物語を財産として大事にしているか。各クラブの文化度はどうだろうかと考えていた矢先、信頼筋より、鹿島アントラーズの評判を聞いた。
 それは、鹿島サッカースタジアム(茨城県)に併設されたカシマ・サッカー・ミュージアムのことであった。

 2002年、W杯日韓大会の会場となった同スタジアム内に設けられたミュージアムは2004年にオープン、アントラーズが企画・運営に当たっている。今ではJリーグ屈指の名門クラブであることは誰もが認めるところだが、リーグ発足前は、99.999%リーグへの加盟は無理だと言われていたクラブのミュージアムはさながら「不屈の魂」の殿堂である。
 Jリーグ元年にあたる1993年にリーグチャンピオンに輝いた時の喜び、1991年のクラブ発足当時からメンバーを鼓舞・牽引してきたジーコの教え、W杯の会場に選ばれ、見事3試合を成功に導いた地域の高揚など、クラブとして大切にしている言葉、人物、出来事、エピソード、物語の数々からそれらを選択した基準は、クラブが大切にする価値に通じているのであろう。
 「誇りは揺るがない」とは、同クラブのスポンサーが商標と一緒に掲げるスローガンだが、揺るがない誇りの来歴を知ることのできるミュージアムからやや離れた場所にクラブハウスは建っている。はたして、このミュージアムを作りあげた同じ精神性は、クラブハウスという空間においてどう発揮・表現されているだろうか。訪問できる日が楽しみである。

嵯峨 寿(さが ひとし)

筑波大学准教授(レジャー・スポーツ産業論)。秋田県生まれ。筑波大学体育専門学群卒業、同大学院修了、(財)余暇開発センター研究員などを経て現職。CSRや社会貢献活動などを通じた企業とアスリートのパートーナーシップが、双方およびスポーツや社会におよぼす効果などを研究。
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