ボールゲームの組織論 ジャパンの強化とリーグの活性化(その1)

はじめに

 今から10年前、英国留学中に、私はあるショッキングな場面を目の当たりにした。ラグビー発祥の地イングランド代表チームの選手達が、国際試合を前にチーム練習を一斉にボイコットしたのだ。この事態は、イングランド協会と国内トップリーグのオーナーらが、放送権料などの配分をめぐり対立したことに端を発しており、オーナーらは自チームから選出された代表選手の派遣にストップをかけた。ボイコットの可能性については、協会とオーナーとが激しく対立する過程で報じられ始めていたが、まさか本当に選手がナショナルチームの練習をボイコットするとは、私自身想像もしていなかっただけに、この事態は、大きな驚きであった。

 イングランド代表チームは、この事件の数年後、新たな監督を迎え、2003年のワールドカップにおいて見事悲願の初優勝を成し遂げたが、翌年、世界一に導いたこの名監督も、思うように代表チームにトップ選手を招集できない不満を理由に、突然、辞任している。 ナショナルチームの編成と強化にあたって、選手を出す側(リーグ各チーム)と集める側(協会)との混乱に関するエピソードは、これまでもさまざまなボールゲームで散見される。今日、集める側のマネジメントは、海外のプロフェッショナルなリーグチームを相手にする場合、さらに重要かつ専門的な作業となっている。

 本稿は、ボールゲームの組織論として、トップリーグ機構に加盟している競技団体が、ナショナルチームの強化を推進するために直面している共通した今日的な組織的課題をいくつか取り上げ、それらについて検討を加えたものである。

 チームボール競技のナショナルチームの活躍は、日本のスポーツ振興に大きな影響を与えると言われているが、それは日本国内に限ったことではなく、諸外国においても同様であり、国民に与える影響の大きさは、個人種目よりも大きい。各国に一つのメダルしか与えられないチームボール競技の競い合いは、国をあげて、組織をあげての大事業である。組織力なくして競技力向上はない。

プロ化時代への対応〜派遣型時代の終焉〜

 今日、チームボール競技のほとんどは、メジャースポーツとして世界規模の発展をとげている。これらの競技では、各国のトップ選手や指導者が、国を越えて集まるプロリーグが存在し、そこで活動する選手やスタッフは、所属チームとの雇用関係を契約により成立させている。また、この契約に関して多くのエージェントが存在していることについても周知のとおりである。
 この現状は、国内のレベルでも同様であり、完全なプロリーグであるJリーグはもとより、ラグビートップリーグや日本ハンドボールリーグ、Vリーグ、JBリーグやWJBリーグなどには、多数の契約選手やスタッフが存在し、その中にはエージェントを介している選手も少なくない。

 このような状況下において、統括団体である国内競技団体(NF)がナショナルチームを編成する場合、「日本代表」という錦の御旗を掲げるだけで選手召集が可能な時代は終焉を迎えていることは明白である。電話連絡と派遣文書だけでナショナルチームに選手を招集できる時代はもはや過去のものとなっている。これは、召集のシステムや合意形成に関する法的フレームの構築が不可欠な時代が到来したことを意味している。トップリーグ機構に所属する協会のほとんどが、上記のようなシステムやフレームをもってナショナルチームの編成と強化にあたっていると思うが、その都度の交渉、すなわち当該選手・スタッフ(場合によってはエージェント)本人あるいは所属チームとの間での交渉や契約といって(協会側の)マネジメント業務は、もはやボランティアベースの強化スタッフや、事務的作業のみを主に行う協会事務スタッフの手には負えない仕事となっている。サッカーのように、海外のクラブチームでプレーする選手を多数ナショナルチームに招集する場合や、ラグビーのように外国人選手を招集する場合は、その交渉や手続きはさらにたいへんな仕事となる。

「ジャパン」は編成しただけでは強くならない

 一方、ひとつのボールをめぐり集団でプレーするチームボールゲームでは、個々の判断や動きが集団として機能するためのトレーニングが必要となる。

 かつて、チームボールゲームの強化に関わっていた強化関係者から、「代表チームは、試合前日に選手を集め、そのような状況でも勝てるようにしておくべきだ」という意味の意見を耳にしたことがある。この考えの是非について検討することは紙幅の関係上避けるが、少なくとも現在のチームボールゲーム競技、それぞれの「ジャパン」が、世界のトップレベル国に安定して勝利するためには、これが机上の空論に近いことは説明するまでもない。「ジャパン」が世界の強豪国に勝つためには、高度な組織力が必要であり、そのためには綿密な長期的プランとチームとしての機能を高めるために多くの時間が必要となることは明らかである。


 このことは、一度でもナショナルチームの強化に関わった者であれば、誰もが理解できることであろう。チーム競技では、その目指す目的や動きを理解し、それぞれの役割を認識した上で、チームとしての完成度を高めていくことが重要となるため、それ相当のトレーニング時間が必要となるのである。

 代表チームに関る一人ひとりを強化する時間のほかに、チームとしての機能を高める練習時間の確保や環境を整えるマネジメント機能も必要となる。このことは、個人種目競技では見られないチームボール競技の特徴であり、チーム競技の強化には、大きな経費と時間が必要とされる理由でもある。

ジャパンの強化とリーグの活性化とのバランス

 しかし、ナショナルチーム強化に関わった者であれば、ナショナルチームのトレーニング(活動)に必要な十分な時間を得ることが、きわめて困難なことであることも経験しているだろう。長期にわたる(プロフェッショナルな)リーグの合間を縫って、選手を招集しなければならないことがその理由である。所属チームとの折衝、選手との契約、そのために必要な手続きと経費など、困難さを増す理由はいくらでも考えつく。ナショナルチームが国の威信をかけ必死に競技力向上に取り組むように、リーグ各チームもチームの成績をあげるために必死である。たとえば、リーグ戦が佳境にあるときに、所属チームに対して、急遽代表チームが選手派遣を要請する場合、所属チーム側が派遣を拒否する例も少なくない。所属チームと直接折衝する協会側のマネジメントスタッフにとっては、きわめてストレスのかかる仕事となる。

 ナショナルチームのレベルを底上げするためには、トップ選手の通常プレーエリアである国内トップリーグのレベルを上げる必要がある。リーグの活性化は協会組織としての重要な事業である。しかし、同時に、ナショナルチームとしての強化活動も一朝一夕ではままならず、ここにも多くの時間と経費が必要となる。協会は組織をあげてこの事業に取り組まなければならない。また、この二つの事業のバランスをどのようにとるのか。この二つの事業をともに大きく発展させるための高度な専門家の発掘と育成、そして組織化と専任化は不可欠であると考える。

 これらは、トップリーグ機構に所属するほとんどのNFが大きな成果を導くために、共通して直面している重大な課題のひとつである。

 次回では、トップリーグ機構に加盟する国内チームボール競技団体(NF)が、国際競技力向上活動を推進するために、共通すると思われる主な課題を取り上げ、組織としてどのように対処すべきか、そのヒントとなると思われる事例などを紹介したい。
(次回は11月6日に掲載の予定です)