チーム経営トピックス

企業スポーツからスポーツ企業への流れ

 1994年にJリーグが発足して以来、トップスポーツ・リーグという枠組みの中で、経済的に自立したチームやクラブづくりの機運が高まってきた。実際に90年代に起きた300近い企業チームの廃部や休部によって、トップリーグにおける企業所有型のチームと非企業型チーム(株式会社や他の法人を含む)の割合は、80年代後半の9対1から6対4にまで接近してきた。その背景には、企業スポーツの退潮に呼応するような形で生まれた、地域密着型のクラブづくりへの気運の高まりがある。いわば、企業が選手やチームの面倒を100%見る<企業スポーツ>から、財政的に自立したクラブによる<スポーツ企業>への移行が静かに進行しているのである。

 景気の回復につれて、2004年ごろから企業スポーツの退潮傾向は収まり、安定期に入ったように見える。しかし今後、企業スポーツの割合が再び上昇傾向に転じるとは考えにくい。その証拠に、Vリーグ女子では、入れ替え戦の直前に茂原アルカスが廃部され、今年に入って男子の旭化成スパーキッズが廃部になるなど、現在も、親会社の経営方針に翻弄される企業スポーツという構図に変化は見られない。

 しかしながら、企業スポーツが退潮したのは、企業が選手やチームを丸抱えする従来の方法が、組織の贅肉をそぎ落とし筋肉質の組織に転換しようとする企業の経営方針にそぐわなくなったというだけで、スポーツに対する企業のスポンサーシップ意欲が衰えたわけではない。むしろ企業とスポーツの関係は、形を変えて強まる傾向にあるといってよいだろう。


チーム運営の事業化

 日本のスポーツ界も、企業スポーツの退潮をただ傍観しているだけではない。2005年には日本トップリーグ連携機構が設立され、チームスポーツのリーグの強化に乗り出した。このような動きは、リーグだけでなくチームやクラブでも起きている。実際に、社会人野球でも、クラブチームが企業チームを登録数で上回るなど、自主独立のチームやクラブを運営しようとする機運は高まっている。また、明日のJリーグ入りを目指すクラブや、プロバスケットのbjリーグのエクスパンションに手を挙げるチームの数は少なくない。

 チームやクラブの事業化とは、財政的に自立した<スポーツ企業>づくりであり、プロという舞台で価値のあるパフォーマンスを披露し、客にチケットを売り、企業スポンサーを獲得し、その見返りとして満足と感動をベースとした経験価値を提供し、ファンのロイヤルティを高めて囲い込むことを目的とする。

ファンビジネスを成功に導く方程式

 ではチームやクラブの事業化を成功に導くには、どのような設計図を描けばよいのだろうか?プロチームを持ちたいという情熱や意欲だけでは、成功はおぼつかない。そこには先を見通した事業スキームが必要であり、無駄な投資を省き、収支を考慮して、目的に向かって必要な仕事を淡々とこなしていかなければならない。

 チームやクラブの事業化の本質は、チケットを買ってくれるスポーツ消費者としてのファンをつくることであり、ファンこそが、クラブビジネスが存在する必然性の担保なのである。言い換えれば、いくら事業化やプロ化を進めても、お客さんとしてのファンがいなければ、事業(ビジネス)が存在する理由がないのである。

 そこで、ファンビジネスを成功に導く方程式を考えてみたい。以下に示したのは、「ファンづくり」を従属変数とする重回帰式であり、そのモデルの中には5つの独立変数(従属変数に影響を与える互いに独立した変数群)が含まれる。ただしこの方程式は、シンボリックな方程式であり、モデルを数量的に検証するための統計分析モデルではない。

  Y =β1X1+β2X2+β3X3+β4X4+β5X5+α

従属変数

  Y:ファンビジネスの成功(従属変数)

独立変数

  X1:商品アイデンティティ

  X2:地域密着化とステークホルダー

  X3:リーダーシップ(GM)

  X4:トポス(場)と舞台のクオリティ

  X5:ブランディング

5つの独立変数

 ファンビジネスを成功に導くのは、1.商品アイデンティティ、2.地域密着化とステークホルダー、3.リーダーシップ(GM)、4.トポス(場)と舞台のクオリティ、そして5.ブランディングである。これらを以下で簡単に説明しよう。

1.商品アイデンティティ

 これは、ファンビジネスがどのような商品であるか、その本質を意味する変数である。結論から言うと、商品はサッカーやバスケットというゲームそのものではなく、ファンが体験する包括的な<経験商品>である。物財のように形は無く(無形性)、元に戻せず(非反復性)生産と消費が同時に起きる(同時性)、サービス財の特徴を備えた経験財である。それゆえ、ファンに売る商品とは、ゲームそのものではなく、「土曜日の夜、アリーナで、家族とともに過ごす健全かつエキサイティングな時間」となる。

2.地域密着化とステークホルダー

 Jリーグ成功の最大要因は、自分が応援すべきチームをわかりやすくしたホームタウン制度である。チームのホームが明確になれば、そこには必ずファンが生まれ、楽しみ、誇り、怒りといった情緒的な化学反応が起きる。その結果、チームとファンの運命共同体が築かれる。そしてチームやクラブの積極的な働きかけ(すなわちマーケティング)によって、共同体を支えてくれる支援者グループ(自治体、後援会、協賛企業・・・)が誕生する。

3.リーダーシップ(GM)

 クラブ事業を推進するのは人間である。だれかが組織をつくり、人とスポンサーを集め、事業計画を立て、実行に移すのである。トップスポーツの場合、そこにはクラブ運営とチームづくりに責任を持つゼネラル・マネジャーの存在が不可欠である。

4.トポス(場)と舞台のクオリティ

 優れた経験商品を生むためには、優れた舞台が必要である。それがアリーナであり、スタジアムである。サッカーのアルビレックス新潟の成功は、ビッグスワンの存在なしでは語れない。快適な観客席や、ビールも飲めないような体育館では、競争力のある経験商品をつくることは困難である。

5.ブランディング

 チームがブランド力を持つことによって、経験商品としてのゲームの価値は高まる。コートサイドの席を5000円で売ることも可能になる。GMには、スター選手、監督、歴史、勝敗、イメージ、ステークホルダー、ホームタウン(地域性)、戦略、といったチームのブランド資産を最大化する役割が求められる。


スポーツ企業が地域にもたらすもの

 現在日本には自治体が2,700ほどあるが、その中でプロのチームを持つ自治体はわずか1%である。もし自治体にプロチームがあれば、地域住民にとってどれだけの利点があるかはほとんど理解されていない。子どもに夢を与え、大人には世代を超えた話題と楽しみを提供し、そして地域に誇りと自信をもたらすスポーツ企業としてのトップスポーツ・チームは、実は地域イノベーションの誘発装置なのである。この点を、我々スポーツ関係者はもっと社会にアピールしていかなければならない。