スポーツイベントにおけるチケット販売のノウハウ(その2)

 第2回のテーマは私が過去に担当したスポーツイベントを例に取りチケッティングを考える時の重要な点を提示していきたいと思います。

1. チケット販売はチケットを売るにあらず

 最初に申し上げたいポイントは、「イベント」ではなく、「チケット」を売ろうとしてはいないか、ということです。主催者が陥りやすい大きな落とし穴です。
 「チケット販売」という小手先の方法にばかりに気をとられ、地域先行販売やコンビニエンス独占販売など特別な方法を乱用することは、多くの場合、ファンを混乱させる分りにくい販売方法になるのです。そのような誤った主催者は、従来の「イベントそのもの」や「イベントの告知方法」に疑問を持たず、見直そうとしない傾向もあるように感じます。
 チケットは、そのイベントに入場できるという「許可証」又は「契約書」に過ぎません。チケットに記載されている日時のイベントが終了したら、そのチケットはただの紙になります。売るのは「チケット」ではなく、「イベント」なのです。チケッティングの原則は、「イベントを売る」、「チーム、団体を売る」ことに、団体やチームの全員が一丸となって取り組むことが必要だということです。
 ここからは、私が過去に担当したスポーツイベントを例に、実際のイベントのチケッティングについて、重要な3つのポイントを提示していきたいと思います。

2. 「長野オリンピック」の教訓

 ’96年、ぴあは’98年2月に開催される「長野オリンピック」のチケッティング業務を受託し、私はその業務を推進する責任者となりました。「オリンピック」という第一級のイベントに携わり、IOC(国際オリンピック委員会)や国内組織委員会(NAOC)とやり取りをしたことは、私にとって大変貴重な経験となりました。まずはその時の経験からお話しします。
 ’97年2月から開始されたチケット販売は、当初人気種目は順調な滑り出しでした。各新聞も「売れ切れ続出」とあおってくれます。しかし、加熱しすぎたチケット報道が「一般販売に出ている枚数が少ないのではないか」という、組織委員会を非難した論調に変わってきました。また一方では、海外販売用に割り当ててあったチケット販売が思ったように伸びず、また国内予約販売での売れ残りなど、合わせて32万枚が残っていたことから「チケットの配券が不透明」と、ますますマイナスイメージの報道が先行します。また、男子滑降のスタート地点をめぐり環境破壊との指摘もあり、人気競技が無いチケット販売は、鈍くなってきます。多くのチケットを残したまま’98年を迎えようとしていました。
 私は、このような否定的な報道の経験を過去したことがありませんでしたから、どうしたら良いのか途方にくれるばかりでした。私はここで、生涯師となる人に出会います。その方は、当時株式会社電通の顧問をされており、現在はぴあ株式会社の常勤監査役をされている入江雄三氏です。入江氏は電通でスポーツ・文化事業局長、担当役員、専務取締役を歴任され、「フィギュアスケート世界選手権」、「ペレ・サヨナラ・イン・ジャパン」「ロサンゼルスオリンピック」、「’91年東京世界陸上」等、多くの世界的スポーツイベントに関わってこられた方です。
 長野オリンピックを担当してから、私は入江氏に何かあれば相談をしていました。’97年10月、「チケットが売れない状態をどうすれば良いでしょうか?」という私の問いに、入江氏は「オリンピックは、モントリオール、モスクワとトラブルが続いて問題が多かったが、ロサンゼルスの成功で流れが変わり、大衆に最も愛されるスポーツイベントとなっている。日本でやるオリンピックだ、皆が成功させたいと思っている。今は逆風が吹いているから動いても期待する成果は上がらない。しかし、年が明けたら、報道の論調も変わってくるから、そこを好機と捉えてチケット販売が出来るように、今のうちに組織委員会や社内を調整しなさい。」という答えでした。私は、あまりにも報道の論調が組織委員会に否定的なのに、年が明けたからと言って変わるものかと半信半疑でした。しかし、正月の新聞は、どれも「今年は長野オリンピックイヤー」と見出しで大きく扱い、そのうちに環境破壊問題も解決しました。まさしく入江氏が言われたとおりの展開です。落ち込んでいたチケットが売れ出しました。そして、’97年末に組織委員会と相談し5箇所の開催地(長野市、白馬村、山ノ内町、野沢温泉村、軽井沢町)に臨時チケット販売所をつくって1月中旬にスタートする手筈を整えていたのが間に合いました。オリンピックが始まり、スピードスケート500mで清水選手が金メダル、モーグルで里谷選手が金メダルを取った瞬間から爆発的にチケットが売れ出したのです。ぴあ社内も、全社を上げて社員、アシスタント総動員で一丸となって、この緊急事態に対応しました。

3. 「大衆感覚」を察知する


 オリンピックなのだからチケットが売れて当たり前、と思う方もあるでしょう。しかし、ここまでのお話しの中で、どんなイベントにも当てはまるヒントが隠されているとは思いませんか。

 ひとつめは、「一般大衆の感覚・気持ちを見極める」こと。ふたつめは「告知のタイミング」、そして「全社一丸となってことにあたる」ことです。

 「一般大衆の感覚・気持ちを見極める」ことは、簡単に言えてもなかなか実感としては捉えにくいものです。「大衆感覚」を捉えることは容易ではありません。先の事例は、入江氏が様々な経験を体験してこそ私に言えた、真の実体験から得た感覚なのではないでしょうか。自分の所属や贔屓など、そのような主観を極力なくし、距離を置いて観た時、「捉えどころの無い大衆」がどのような行動を起こす傾向があるのかを、じっくり観察した体験の量が多ければ多いほど、「大衆感覚」に近付けるような気がします。言葉を変えれば、「一般大衆は何を望んでいるか」と言うことになります。このことは、とても深く大きなテーマですので、この後もコラムの中でいろいろな視点から見ていきましょう。

4. 「告知」のタイミング

 ふたつめの「告知のタイミング」についてですが、チケットを販売する過程において告知の順番があります。(1)イベント内容の告知、(2)イベントの希少性をあおる告知、(3)チケット販売の告知、の順番ですがこれが繰り返されることになります。また、長野オリンピックの時は、先にもご紹介したとおり、報道各社の論調に大変影響されています。そして、日本選手の活躍にも大きく影響を受けています。

 さて、一般大衆が受け取る「告知という情報」は、ここにも述べたとおり二方向からあります。一つは主催者から、もう一方は報道からです。重要な課題として、主催者の意図することを素直に告知してくれるとは限らない、「報道からの情報」の活用があります。この「報道からの情報」を、主催者側が内容もタイミングも思うように大衆に向けて発信できたら、なんと大きな力となることでしょう。「広報」というポストは、チーム・団体の考えを正確に伝える大変重要な仕事です。スポーツ団体で「広報」を上手く使っている団体はまだ少数です。「我々は広報など置くような大きな団体ではない」と謙遜する前に、今から広報担当者を置き、積極的に前向きに自分たちの活動とこれからのビジョンを発表し、誤解を与えないような報道関係者との関係を作るべきです。そうすることで「報道からの情報」は、内容とタイミングの両面で、ある意味我々の意図する方向へ向かうのではないでしょうか。

 長野オリンピックの経験は、札幌以来26年ぶりにやってきた世界最大のスポーツイベントの内情を知らない報道関係者と、率直に発表しなかった組織委員会との誤解に起因するところがあったと私は思っています。しかし、世界規模のイベントが開催されるのに、報道機関がいつまでも組織委員会非難を繰り返すこともないでしょう。その変化のタイミングが、「新年」だったのです。報道が否定的になっている’97年にいくら行動を起こしたからといって、一般大衆の心を変化させるのは大変なエネルギーが必要なことです。「こんなときには動かなく、次のチャンスが来たときにすぐに動けるように着々と準備しておくこと」を教えていただいた入江氏は、まさしく「大衆感覚」を読める方です。’97年にいくら告知を行っても無駄に終わっていたでしょう。しかし大衆の感覚が変化する「新年」というタイミングを捉える事によって、最小限にコストは抑えられ、最大の効果を発揮しました。いかに告知にはタイミングが大切かと言うことです。


5. 「世界バスケ」での例


 チケット販売には、告知が重要です。しかし、このコラムの最初にもお話したように、主催者がおちいりやすい間違いが、チケットを売りたいために、イベントの内容をしっかりと告知する前にチケット販売告知を先行しようとすることです。

 昨年の8〜9月に行なわれた「FIBAバスケットボール世界選手権」では、私も組織委員会のチケッティング部の一員として関わっていました。しかし、告知のための予算が少なく、チケット販売の告知と大会開催告知を一緒にせざるを得ませんでした。チケット販売は、アメリカ戦の札幌会場と日本戦の広島会場のチケットは完売に近い状態でしたが、仙台会場、浜松会場、そしてファイナルラウンドのさいたま会場のチケットの売れ行きは芳しくありませんでした。

 この状況を一変したのが、大会開始直前にTVに流れた「富士山にダンクシュート」するテレビCMです。皆さんもご覧になった方が多いと思いますが、大変インパクトのあるCMで、大会の価値が一変しました。「世界のトップが集まる稀な大会」というイメージがあの画面に凝縮されていたからです。チケットの売れ行きもその時点から火がつき、ファイナルラウンド会場のさいたまアリーナは、連日の盛況ぶりでした。この例は、「大会そのもの」の情報が当初からきちんと一般大衆に伝わらなかった、悪い例です。バスケットのワールドカップであり、日本での開催は初めての大変権威のある大きな大会なのに、それを日本国中に告知して雰囲気作りが出来なかったことは、良くありません。

 「富士山にダンクシュート」という優秀なクリエイターによって、世界バスケは土壇場でうまくいった例ですが、絶対にみなさんは真似をしないようにすべきです。是非とも、前出の告知の順番を守ってチケットを販売することをお勧めします。そのほうが、告知のコスト効率もよく、計画性のあるチケット販売が出来ます。それは、チケット販売がスムーズに行かないときに他の方法も取れるからです。
 さて、今回も長くなってしまいました。三つめの「全社一丸となってことにあたる」については次回で述べることにしましょう。どうかご期待ください。【第二回完】


オフィスOsanai代表

[会社所在地]

〒225-0021

神奈川県横浜市青葉区すすき野2-4-11-507

045-903-9112

[経歴]

1984年 3月 早稲田大学社会科学部卒業

4月 ぴあ株式会社入社 経理部勤務の後、チケット事業本部勤務

98年長野オリンピック推進室長、02年サッカーワールドカップ事業部長等を歴任

2006年 2月 オフィスOsanai設立。
特にイベントのチケッティングに関する問題検証、解決方法の提案、計画の策定などコンサルティング業務、及びチケット販売計画策定、オペレーション管理を行う。