スポーツイベントにおけるチケット販売のノウハウ(その3)

 第3回のテーマは、「全社一丸となってことにあたる」をお話しましょう。

1. コミュニケーション不足

 チケットはイベントに入場するための「証明書」または「契約書」というお話を第2回の中でお話しました。チケットに書かれている内容はイベントの最小限の情報ですが、この情報自体が全社で取り組まなければ得られないものです。
 1)大会名称、主催、主管
 2)会場名は、競技団体や国際競技団体などに確認や了解してもらわなければなりません。
 3)試合開始時間や開場時間は、競技団体はもちろんのこと警備や放送関係者との確認が必要です。
 4)問い合わせ先についても各部署との確認が必要です。
 このように、チケットを発売する以前に決定しておかなければならないことはイベント全体にわたり、各部署、関係団体との連携が不可欠となります。イベントを行う際に、チケット関連だけではなく他の部署でも他との連携が必要なのは同じですが、チケットはそれらの集大成でしか出来ないところが他の部署とは違う点です。

 私は、「2002FIFAサッカーワールドカップ韓日大会」にもぴあのチケット担当責任者として携わりました。チケット販売が当初2000年10月2日からだったのが、2001年2月15日に延ばされました。この原因が、FIFA(国際サッカー協会)との大会契約やチケット販売の確認が出来ていなかった事によるものです。組織委員会は、何とか最終合意に持って行けると考えていましたが、時間切れになってしまいました。それによって「チケット申込ガイド」というパンフレットを作り変えなければならなくなり、組織委員会は大きな損害をこうむるのです。世界大会の場合は、特に主催者である国際競技団体との確認と承認が不可欠です。そして、日本の国内事情を粘り強く説明し、現状に合わないことについては交渉を繰り返えさなければなりません。「サッカーワールドカップ」の時も、この件以来FIFAの考えに左右されることになり、チケット販売に関してFIFAと契約している「バイロン」という会社がいろいろと意見を言ってくるようになりました。
しかし、この「バイロン」は、旅行エージェントでありチケッティングのことはまるで素人でした。また、日本の現状なんて知る由もありません。この「バイロン」のせいで何重にも同じ席のチケットが発券されたり、空席だらけの会場となったわけです。
 「世界バスケット」の時にも、FIBA(国際バスケットボール協会)との契約で「大会役員のために最善席を300席確保、プレスのために全席の5%確保しなければならない。」という規約がありました。しかし、ほとんどの試合でそのような席を押さえても座る人が少ないと分かっているのに、交渉をしようとしませんでした。その入らない分の席を販売できれば、全体の収益が億単位で違ってくるのです。

 このように、大会や組織の大小にかかわらず、コミュニケーションの不足が目立っています。海外の場合には言葉の壁の問題もあるかと思いますが、国内においても、日本人は簡単にあきらめてしまう傾向と、厄介な問題を正面から辛抱強く解決する人間力を無くしているように思います。そして、その原因の一つが、一人で抱え込みセクショナリズムに陥っているように、私は感じています。なぜ、周りの人々と協力して、一致団結して取り組もうとしないのか不思議に思います。

2. 本拠地の選定

 さて、皆さんのチームは本拠地をお持ちですか? 確かに、会社の所在地や活動場所が本拠地になると思いますが、本拠地を意識しないで地元密着などと言うのは可笑しな話です。そして、その本拠地は皆さんのチームを応援してくれるだけの規模がありますか?
少なくても、ホームグラウンドとする体育館や競技場、アリーナなどホームゲームの時にその会場が一杯になるぐらいの人口と余裕の可処分所得がある地域でなければ、本拠地としても意味がありません。地元密着は容易く出来ても、観客が集まらないし、スポンサーも集まりません。Jリーグが地域密着といって成功しているチームは、(1)都市圏、(2)地元住民性をよく理解、(3)他にスポーツチームが無いか弱い、の三要素です。
 本拠地の設定を誤ると、取り返しがつかないことに成りかねません。慎重に選定するべきです。

3. 地域密着

 チケットを販売する過程において、チームのスタッフはもちろん、監督・選手・コーチまでもが一丸となって販売促進しているのはどのチームも一緒と思います。しかし、役割をきちんと分ける必要があります。監督・選手・コーチは、「チームの顔」です。地元に根付くために彼らの良い印象の「人気」が必要です。また、スポーツ選手たちだから「さわやかさ」が必要です。そのために、チケットを実際に販売するようなことをさせてはいけません。彼らの影で支えるスタッフたちが、その人気によってチケット販売を促進してゆく役割分担が必要です。その役割をきちんと理解することが大切です。だからと言って、選手や監督、コーチは試合だけやっていれば良いと思っているのは間違いです。学校や地域の子供たちにスポーツ教室を開いて貢献しているとか、地域の行事に参加しているとか言っているようではまだ足りません。スポーツ教室を開いて指導することも大切ですが、もっと「一般の人々」に対して地元に根付くことが必要です。

 先日、ある研究会の後、あるチームの関係者に相談されました。「内の選手たちは、全員他県の人間なんです。どうしたら地域密着を実現できるでしょうか。」私は、とっさにひらめいた事をお話しました。「それでは、里親になってくれるところを各選手たち一人ひとりに探しましょう。まずはスポンサーになってくれている企業に、里親になってもらい、月に一度でも店頭に立って看板娘になればどうでしょうか」と、それを聞いてその方は良い話を聞いたと喜んでくれました。この件も、実現するまではいろいろ困難なことがあると思います。スポンサーが、喜んでくれることなのかどうかは分かりません。また、このときに大切なことは、その選手の心構えです。『練習だけでも大変なのに、なぜ他人に気を使わなければならないのか』という気持ちでやったら台無しです。地域密着どころか二度と応援してもらえないでしょう。『地元の一般の人々と、知り合えるチャンスが来た。一生懸命、言葉を交わして、チームのこと自分のことを知ってもらい、試合に来てもらおう。そして、いつもお世話になっているこのスポンサーさんに少しでもお役に立ちたい。』と思ってやるのとでは、雲泥の差があることはお分かりでしょう。そのように選手、監督、コーチ、そしてスタッフたちの教育も重要な「地域密着」の要素になります。
 また、このような活動が、スポンサーとの新たな協力関係を築くことになります。ただお金を出してもらう代わりにユニホームに企業名を載せる関係だけでなく、両者ウィンウィンの関係性を如何に作るかが、スポーツチームに課せられている現実の問題ではないでしょうか。


4. 「全社一丸となって」から「地域一丸となって」へ

 今までお話したことは、チームや会社が自分の役割を理解し一つにまとまってことに当たる事の重要性をお話して来ました。自分たちの活動の拠点となるホームグラウンド(本拠地)が在ってこそ、コアファンを創り出すことが出来ます。そのコアファンがあってチケット販売も安定化することが出来ます。
「全社一丸となって」少しづつ進めてきた地域密着がスポンサーとの新たな協力関係を築き、そしてコアファンの獲得につながり、スポンサーとコアファンを含めた大きな「地域一丸となって」チームを応援する組織に拡大してゆくことが、目的です。これが出来てゆけば必ずチケットは売れてゆきます。

 さて最後に、私の師の入江氏は、「人が気づく時に理解しやすい事は、古典を引用することだ。」と言っております。そのひとつをご紹介します。それは、「不易流行」(ふえきりゅうこう)という言葉です。この言葉は、松尾芭蕉が俳諧の指導理念に使った言葉で、その理念とは「世の中のすべての物事は不易流行という捉え方で捉えると分かりやすい」というものです。「不易」とは変わらないこと、「流行」とは変化すること。「世の中のものごとは、変化しないものと、変化するものが同時にある」ということです。あの鴨長明の『方丈記』の冒頭に「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」と有名な文章が在りますが、「河の流れは絶えず」は「不易」、「もとの水にあらず」が「流行」と捉えることが出来ます。このことは、人の生活にも深く根付いているような気がします。「大衆感覚を捉える」こと「地域密着を目指す」際にヒントには、ならないでしょうか。

 2回に渡って、私が担当したスポーツイベントを例に取り、チケット販売の根本とも言うべき事を述べさせていただきました。所謂「不易」の部分を紹介したわけです。
次回からは、具体的なチケット販売の方法論とも言うべき、ノウハウをご紹介したいと思います。まさしく「流行」の部分です。皆様が、一番期待されているところだと思いますが、この方法論だけを駆使しても一時的な販売増にはなっても、結果継続は無いと思ったほうがいいと思います。前回と今回のコラムを、繰り返し理解してください。
 
それでは、次回以降をお楽しみに。【第三回 完】


オフィスOsanai代表

[会社所在地]

〒225-0021

神奈川県横浜市青葉区すすき野2-4-11-507

045-903-9112

[経歴]

1984年 3月 早稲田大学社会科学部卒業

4月 ぴあ株式会社入社 経理部勤務の後、チケット事業本部勤務

98年長野オリンピック推進室長、02年サッカーワールドカップ事業部長等を歴任

2006年 2月 オフィスOsanai設立。
特にイベントのチケッティングに関する問題検証、解決方法の提案、計画の策定などコンサルティング業務、及びチケット販売計画策定、オペレーション管理を行う。