スポーツイベントにおけるチケット販売のノウハウ(その6)

 6回に渡って「チケッティング」のお話をさせて頂きましたが、今回が最終回となってしまいました。最終回は、今までお話したことをまとめながら、「チケット販売」を行う時に避けては通れない2点についてもお話いたします。

1. 「クレーム」について

 チケット販売の現場では、クレームをいかに誠実に処理するか、そしてそのクレームをその後にどう活かすか、が重要なポイントです。
・チケット販売の際に起こりやすい、主催者に入ってくるクレームは、
1) 欲しいチケットが(席種だったり、完売だったり)、買えなかった
2) 告知が分かりづらかった
 の二点が件数としては多いです。どちらの場合も、チケット発売の情報を正しく、わかりやすく伝えることが重要であることを示しています。
・委託しているチケット販売会社に入ってくるクレームは、
1) 主催者と同様の二点
2) 電話やシステムのトラブルが原因で、チケットが取れなかった
3) 店舗や電話オペレーターの接客が適切でなかった
 の四点が多いです。しかしクレームは、このような、ある程度発生が予測できるものばかりではありません。私が経験したクレームの中でも記憶に残っている3つをお話いたします。

(1)長野オリンピックの事例
 ’98年の長野オリンピックで、大会が始まって清水選手や里谷選手が金メダルを取ってからチケットが爆発的に売れたことは、このコラムで以前にもお話いたしました。
 その時、長野駅の「ミドリ」という駅ビルに入っていたチケットぴあの店舗や、東口に仮設テントを張って「臨時チケット販売窓口」では連日チケットを求める人でごった返していました。チケット発券の端末は、「ミドリ」には2台、臨時窓口には3台設置していましたが、チケットを発券するのに一件当たり3〜5分(当時。{今はもう少し早い。}枚数によって長短がありました)かかり、朝の10時から夕方6時まで8時間内に発券できる件数は端末一台あたり96件が限界でしたので、「ミドリ」は200件、「臨時窓口」は300件が、1日に販売できる最大量となります。
 しかし、「ミドリ」に並ぶ人は、朝10時には500人を超え、「臨時窓口」は1,000人を越える人々が居て、中には猛烈に「早くしろ!」と怒鳴る人も居ます。そこにはチケット代金の何百万円という現金も有り、もし暴動にでもなったらと気が気では有りませんでした。結局、並ぶ人の中で、チケット販売責任者は自分たちであることをきちんと名乗り、はっきりした状況説明を繰り返し、毅然とした対応をスタッフ全員で決めてやり通しました。これが良かったと思います。クレームもだんだん収まりました。

(2)サッカーワールドカップの事例
 ’02サッカーワールドカップの時には、FIFAの規定で入場者全員がチケットを持っていなければ入場できませんでした。しかし驚いたことに、0歳〜6歳の、親の膝の上で観戦できる子供たちも例外ではなかったのです。他のイベントと違った対応に、各会場は大変に混乱しました。私も札幌会場でその対応に追われていたら、周りのサポーターの罵声と報道のカメラにさらされ、翌朝の報道番組で「血も涙も無い組織委員会の人間」とテロップと映像が出ていました。私の気持ちとしては、小さなお子さんはチケットが無くても入場してもらいたかったのですが、大会を成功させるためにも、規定を途中から変更することはできません。途中から変更できたとしても、そのことが別のクレームの原因となり、収拾が付かなくなるからです。

(3)世界バスケットの事例
 ’06世界バスケットの時には、さいたまアリーナで「ベスト8」の試合の際に、予選を勝ち抜いたチームがシャッフルされて組み合わせが決まると言う、FIBAの規定(もちろんチケット販売の資料やHP上には記載していたのですが)が有りました。しかし、分かりづらい表記もあったため、「アメリカが勝ち進むとこの日の試合だ」と予想して買った顧客が、そのチケットが予想に反してアメリカ戦でなくなったとたん、大変なクレームとなって電話が掛かってきました。組織委員会は、一貫して告知を行なってきたことを理由に、変更やキャンセルの対応をしませんでした。「ベスト8」の試合が終わるまで大変でしたが、一貫して毅然とした対応が、このことを乗り越えさせました。そして、この一件があってから組織委員会の結束はさらに強くなった気がします。

 以上の事例からも分かるとおり、クレーム処理のポイントは、
1) 一旦決めて、既に対応していることについては、最後まで変更しない。
2) きちんと責任者(責任者である必要は無く、自分が責任者と名乗ることが大事)が、適切な説明を繰り返し行なう。
3) 毅然とした対応を貫く。それが、他の物言わぬ多くのお客様を守ることにもなる。
4) クレームは、次につながる良きアドバイスであり改良点であることを認識する。
 この4点であると私は思います

2. ダフ屋対策

 スポーツイベントやコンサートの人気チケットを、転売して利益を得る目的で多量に入手し、その会場付近でチケットを(不正に)繰り返し高額な値段で売りさばく者を「ダフ屋」と呼びます。このような者が出現することが、そのイベントの人気のバロメーターと言う人もいるようですが、「ダフ屋行為」は、日本では都道府県市の条例で禁止されている違法行為です。ダフ屋対策のポイントは、
 1) 会場を管轄する警察とよく相談すること。
 2)「ダフ行為」をしている人間と直接、大会関係者が接触しない。なぜかと言うと、そのような人は大会関係者と仲良くなって上手く取り入ろうとします。最初はとても人懐っこく接触してくるが、一旦その人間の言うことを聞いたらそれをもとに次から次へと要求がエスカレートします。だから、決して係わり合いを避けるべきです。
 3) 「ダフ屋行為」をしている人間を見たら、警察に言って取り締まりをしてもらう。
の3点に尽きるでしょう。

 しかし、紛らわしい一般の人もいます。
 1) 一般の人が、チケットがあまって当日券販売の近くで売ろうとしているのを目にすることがあります。このような時は、まず繰り返し転売し利益を得る目的の行為で無いことをよく観察して確かめましょう。
 2) 転売目的の行為で無いようだったら、この場合はこちらから声を掛けて、内容を確認します。本来、公衆の場でチケットを他者に転売すること自体、広い意味でダフ屋行為に抵触します。
 3) 当日券販売の窓口の正面や直ぐ脇での行為には、法に抵触することを説明してその行為をやめてもらいますが、そこから離れた目立たない場所まで、そのような行為をすべて確認することは難しいともいえます。

 主催者の利益や権利を守ること、そして法の遵守の観点から「ダフ屋行為」を防ぐことは重要ですが、紛らわしい一般の人の行為をどの程度まで規制するかは、組織内で確認しておく必要があるでしょう。

3. さぁ、チケットを発売しましょう!

 このコラムをお読みのスポーツ団体の方々で、まだチケット販売をしていないチーム・団体の方々も多くいらっしゃると思います。今まで申し上げてきたとおり、チケットを販売することによって様々で余計な仕事が増えることは確かです。しかし、チケット販売をすることによって、「チケットという情報」が、これまでそのスポーツに興味の無かった人にも届く可能性が増し、その結果、新しい顧客を会場に招くチャンスになるかもしれません。一般の人々は、イベントや試合の情報はチケット販売の情報から入手することが多いようです。無料のイベントや試合はチケット販売情報には載っていません。そのようなイベントは、大抵は告知が十分でないし、興味のある人にしか見つけられないところに情報があったりします。それでは、限られた人にしか情報が渡りません。チケットを販売することによって、一般の人が見ることができる情報網に、イベントの情報を載ることが出来る訳です。
 チケットその物にも大きな宣伝効果があります。皆さんも経験があるかと思いますが、気になる人をデートに誘うときに「このチケットがあるんだけど・・・。」とチケットを見せて誘ったことはありませんか。そこにチケットが無かったら、その企ても失敗の確率が高くなります。もう一つ、誘った人に興味が無い場合も、ですが。イベントのチケットは、何時何処で、どのようなイベントがあるのかを雄弁に語ってくれます。チケットそのものを友達が持っていたり、自分の手に渡されたりしたら、そのイベントや試合がどのようなものか興味を持ったりしませんか。そのような訳で、何も興味が無かったイベントや試合に、何らかの理由で突然参加する人も出てくるわけです。その中に将来、オリンピックで日の丸をセンターポールに掲げる選手が居るかもしれないのです。

 チケット販売をする意味は、そのイベント・試合に、誰でもが分かる価値を付ける事に他なりません。その価値にあらずと見れば、次からは観客は来ません。しかし、価値ありとなればますます観客が押し寄せることになります。そうなれば、選手もやる気になり、持っている力以上のものを出すかも知れません。

 このようにチケットを販売することで、現状を良いほうか悪いほうに変化させることになりますが、それで「大衆は何を求めているのか」を知ることに成りませんか。まさしく、コラムでお話してきた「大衆感覚を察知」することになります。それが、ますます観客を呼びファンクラブが結成したり、スポンサーが付きだすかも知れません。大きなチャンスが、「チケットを販売する」という行為の裏に隠されています。


4. あとがき

 最後に、新しいことをする時にどのような心構えで望めば良いか、私の師である入江氏から聞いた言葉を紹介します。
 それは、「任怨分謗」(にんえんぶんぼう)という言葉です。「任怨」とは、何か思い切った新しい仕事をやるときには、決まって誰かの怨みを買う。だが、そうした怨みをいちいち気にしていたのでは、到底新事業はやり遂げられない。「任怨」とは「敢えて、その怨みを受けよ。火の粉をかぶれ」という教えです。また「分謗」とは、「怨みに任じて敵の攻撃を一身でささえている人間を周囲の人間が放ったらかして逃げてはいけない。一旦、志を共にした以上は一心同体となって、その怨みを分けて受ける気概がなくてはならない。」ということです。

 最後まで、お読み頂き誠にありがとうございました。このコラムでのご質問やご相談などありましたら小山内までお気軽にご連絡ください。

 このような貴重なチャンスを頂きました「日本トップリーグ連携機構」様に心から感謝いたします。ありがとうございました。 【完】


オフィスOsanai代表

[会社所在地]

〒225-0021

神奈川県横浜市青葉区すすき野2-4-11-507

045-903-9112

[経歴]

1984年 3月 早稲田大学社会科学部卒業

4月 ぴあ株式会社入社 経理部勤務の後、チケット事業本部勤務

98年長野オリンピック推進室長、02年サッカーワールドカップ事業部長等を歴任

2006年 2月 オフィスOsanai設立。
特にイベントのチケッティングに関する問題検証、解決方法の提案、計画の策定などコンサルティング業務、及びチケット販売計画策定、オペレーション管理を行う。