スポーツのビジネス化  連載第1回 (全4回) <集客戦略について>

 これまで、わが国のスポーツは企業スポーツや学校体育をもとに発展してきた。その中で、企業スポーツでは社員の福利厚生や一体感の醸成を、学校体育では文部科学省の指導のもと教育を目的とすることが多く、あまり商業的側面について議論されることは多くなかった。しかし、近年、2005年にスタートした野球の四国アイランドリーグやバスケットボールのbjリーグをはじめ、全国各地に様々なプロスポーツリーグが誕生し、日本のスポーツ界においてもプロ化の流れが急速に進み、スポーツを“ビジネス”として捉える動きも広まりをみせている。そうした状況において、アマチュアを基本とする日本トップリーグ連携機構に加盟する各リーグも集客力を向上させ、より安定した運営をおこなうために、リーグ運営をビジネス的視点から考える必要があるのではないだろうか。

 このような環境の中で、今後日本トップリーグ連携機構に加盟する各リーグも時代の波に取り残されず、安定した運営をおこなっていくにはどのような戦略をとればよいかを、スポーツビジネスの視点から早稲田大学スポーツ科学学術院・原田宗彦研究室でおこなったディスカッションをもとにこれから4回にわたってこのコラムを通じて考えていきたい。


1.集客力向上の重要性

 スポーツ組織はチケットの売り上げによる入場料収入やスポンサーから得られる広告料収入など、さまざまな方法で組織を運営していくための収入を得ることができる。競技やスポーツ文化の発展という使命のもと公益性が重要視されるスポーツ組織ではあっても、当然、他の一般企業と同じく、組織が永続的に活動していくために自ら収入を生み出さなくてはならない。その中で、今日、観戦者からの入場料はどのスポーツ組織でも大きな収入源となっており、安定した収入源の確保のために集客力の向上にむけた様々な取り組みがおこなわれている。組織がもつ集客力は入場料収入だけでなく、スポンサーの獲得や、メディアと放映権の契約を結ぶ際など様々な場面に影響を及ぼすため、集客力の向上はまさにスポーツ組織の運営において最も重要な課題のひとつといえるだろう。しかしながら、今日の日本のスポーツ界では多くの組織がいまだ十分な集客数を獲得できておらず、『集客力の向上』はどのスポーツ組織にとっても大きな課題となっている。


2.トップリーグの現状

 現在、日本トップリーグ連携機構に加盟する8競技9リーグの集客状況について見てみると、多くのリーグで招待券の配布などによる、いわゆる“動員”という形での集客が大きな割合を占めているのが現状である。これは前述のように、わが国のスポーツが企業スポーツや学校体育を中心として発展してきた背景を考えるとやむをえないことかもしれない。しかし、今後より各リーグが観客数を伸ばし、安定した運営をおこなっていくためには、いつまでも既存の招待券をもとにした動員に頼ってばかりはいられない。仮に、これまでと同じ様に招待券を配布するにせよ、より戦略的な配布方法を考える必要があると思われる。


3.戦略的な集客

 その第一段階として、各リーグはまず“自分たちは誰を集客のメインターゲットにするか?”を決め、自らの方向性をしっかりと定めることが重要となってくる。自分たちの方向性が定まらなければ、いくら招待券を配布しても、単発的な集客にとどまり、繰り返し観戦に訪れるロイヤルティの高いファンの獲得にはつながらない。また、無計画に招待券をばら撒いてしまうと、顧客に“お金を払わなくてもいつでも見られる。”といった感覚を植えつけてしまい、リーグのブランド力構築にも悪い影響を及ぼしかねない。いくら観客数が伸びたと言っても、その大半が無料の招待券で来場した観客であればあまり喜ばしいことではないだろう。実際、Jリーグで集客面において成功していると言われるアルビレックス新潟はJ1昇格時に戦略的な招待券の配布をおこなうことで、飛躍的に集客力を伸ばしたことは有名になっている。アルビレックス新潟も主催するチームのホームゲームの招待券を地域の人々に配布したが、無計画には配布せず、試合ごとに配布する地域を限定したり、無料の対象を子どものみとし、親は割引料金でチケットを購入できるようにした。そうすることにより、一度観戦に訪れた人には“再度観戦したい”という気持ちをあおり、次回からは自らお金を出してチケットを購入してもらうなどの工夫をおこなうことによって“収入をゼロにしない”しくみをつくったのである。


4.集客プランの作成

 現在の各リーグの集客状況を見た時、集客プランを考えるうえで最初のステップとなるのが①既存の顧客層をより深く開拓していくのか?または②新規の顧客層を増やす努力をするのか?ではないだろうか。もちろん、既存の顧客と新規の顧客の両方にアプローチできることが望ましい。しかし、両者にアプローチすることは現状のリーグの規模などの点から、人的にも金銭的にもかなりの負担となることが予想される。そこで、このような現状において、各リーグは既存の顧客か新規の顧客のどちらかにターゲットを絞って集中的に集客戦略を展開していくのはどうだろうか。


5.既存の顧客層の拡大

 まず、前者の“既存の顧客層をより深く開拓する”ことを選択したリーグは既存の顧客の中で一番大きな割合を占めている層に特化した集客プランを企画展開することがよいと思われる。例えば、女子中・高生が既存の顧客層の中で一番大きな割合を占めるリーグであれば、同じ招待券を配布するにせよ、手当たり次第に配るのではなく、学校の部活動や地域の活動団体などの協力を得て彼女たちを中心に招待券を配布するのである。そして、試合当日も会場でその世代の人たちが喜ぶようなアトラクションを実施する方法も有効だろう。そうすることで、既存の顧客層に属してはいるが、これまで観戦経験のなかった人たちへのアプローチも可能となるはずである。


6.新規顧客獲得にむけての取り組み

 一方で“新規の顧客層の獲得を狙う”ことを選んだリーグは他競技との試合の共同開催やスポーツ関連団体以外との連携も視野に入れながら集客プランを考えていくのはどうだろうか。具体的には、映画館等でよくおこなわれている、提携した団体のチケットを持参した人に対しての入場料の割引きやイベントへの優先参加権など、特典の付与や他団体に人気のあるグループをトップリーグの試合会場に呼びイベントを開催するのである。他団体に人気のあるグループのイベントをトップリーグの試合会場で実施することで、これまでスポーツに関心を持たなかった人々が試合会場に来る可能性も高まり、新規の顧客層開拓に繋がると考えられる。極端な話ではあるが、“スポーツ”という枠にとらわれず、全くスポーツと縁がない個人やグループのイベントをトップリーグの試合会場で開催してもいいだろう。実際、JRA(日本中央競馬会)の競馬開催日には競馬場において競馬とは全く関係のないアイドルグループのミニコンサートや有名人を招いたトークライブが開催されたり、場内の広々とした公園に親と一緒に来場した子どもが楽しめる遊具が設置されている。これらの演出により、本来は競馬を楽しむ場所である競馬場が大人から子どもまで楽しめるファミリーエンターテイメント的な空間となっているのである。実際、競馬場に足を運んでみると競馬観戦以外にも様々なアトラクションがあり、馬券を購入しなくても十分に楽しめることに驚かされる。


7.既存の顧客のケア

 上で述べたように、新規の顧客層の獲得を狙うにはいくつかの方法が考えられる。しかし、リーグが新規の顧客層の獲得を狙う戦略をとった場合、ただやみくもに新しい展開をおこなっていけばいいということではない。当然、既存の顧客のケアも重要な課題となってくると思われる。トップリーグの場合、これまで観戦に訪れている既存の顧客の中には競技自体に興味があり、自ら進んで頻繁に観戦に訪れているコアなファンも少なくない。これまでスポーツの観戦者を対象としたいくつかの調査から、彼らの中にはスポーツのエンターテイメント化をあまり好ましくないと思っている人も多くいると言われている。実際、試合会場においても、彼らからスポーツのエンターテイメント化に対する不満を耳にすることも多々ある。現実のところ、このようなコアなファンは多少の不満があっても今後観戦に訪れなくなるということは考えにくいかもしれない。しかし、新規の顧客層獲得のために実施したマーケティングプランによって、これまで観戦に訪れていた貴重なファンが離れてしまっては大変残念なことである。よって、新たな試みを実施する場合、リーグはコアなファンに対しても十分な説明が必要となるだろう。集客プランの意図を説明することによって、彼らに“新しい顧客が増えることにより、競技団体の収益が増え、その結果、試合を開催する環境や選手の待遇の向上につながり、最終的にはあなたが好きなリーグの試合の質の向上に繋がるのですよ。”といったサイクルを理解してもらえれば、もともと競技を愛している人たちであり、リーグの発展を期待してくれているであろうと推測されるので、少しでも彼らの不満を軽減できるはずである。


8.誰もが楽しめる環境づくり

 このように、今日、様々なスポーツ組織が取り組んでいる集客力の向上に関する取り組みはただやみくもに努力すればいいということではない。今後、集客力の向上を考えるうえで、日本トップリーグ連携機構に加盟する各リーグもまず“自分たちはどのような方向に進みたいのか?”といった方向性を持ち、それに沿った形で戦略的な集客を展開し、多くの人に楽しんでもらえる環境をつくりあげる必要があるのではないだろうか。